ちまちま本舗

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おいしくたべてね。前編サンプル

原作版書下ろし本(R18) オンデマンド/新書/44P(表紙含)より数点抜粋

■今回はすべてアリス視点です
一、白米を食べきらないと出られない部屋


「なんだこりゃ」
 ででん、と表示された文字は、何度目をこすっても変化がない。私の目の前には大きめな薄型テレビがひとつ。そのモニターに大きめのゴシック体で文字がはっきりくっきりと出ているのだ。
 曰く【白米を食べきらないと 出られません】
 書いてあるのはこれだけ。三行に分けて書いてある。他の文字は全く無いし、周囲を見回せば、白い壁に覆われた天井の高い部屋であり、右手側に視線を移せば白い壁に風景画のようなものが飾られていた。ならば左はと視線を向けると、全面が大きなフランス窓で、窓の外にある和風の坪庭と竹垣と青い空が格子状の枠から見えるのだが、どうやら窓ははめ殺しのようで、どこにも開閉のための鍵や取っ手が見当たらない。
 そして、私の背後にはナチュラルな木目のダイニングテーブルと椅子が二脚。テーブルの上には炊飯器が炊飯中らしく蒸気口から白い蒸気を吐き出していて、その横には電気ポット。こちらもまた、たっぷりと湯が入ってるのが、残量メモリから見て取れる。私から見てテーブルの奥には、小さめな冷蔵庫に並んで二口コンロにシンクが付いたコンパクトな白いキッチンと、各種食器を収めた水屋があるのだが、どれもこれもホテルの備品かショールームかというくらいに新品で綺麗すぎて生活感が少し乏しい。そして、一番の問題はこんな部屋に見覚えは全く無いということだ。
「おいおい……魔法でも使って、一瞬で模様替えしたのか?」
「んな訳あるか」
 からかうような声に即座に否定する私に対して同じように首を捻って周囲を見回す火村英生が虚空に問う。
「というか、ここどこだ?」
「わからん」
 確か、我々は推理作家の端くれである私のマンションのリビングに居たはずだ。火村は大学からの腐れ縁で、今は大学で准教授を勤める傍ら、殺人事件の研究のために警察の捜査に参加することもあるのだが、幸いにも今日は日曜でフィールドワークの誘いもなく、休日をのんびりぐだぐだと過ごす予定で、くたびれた夏用の部屋着を着てソファでだらけていたのだが、気がつけばこんな変な部屋に移動していたという状態。
「ドアが見当たらないが、この窓から出られないかな?」
「鍵があらへんみたいやで?」
「……そう見えるな」
 ふむ、と下唇に指を当てて少し考えた火村は、おもむろに手近な木製の椅子を持ち上げる。
「アリス、ちょっと窓から下がってろ」
 しっしっ、と後方へ下がるように指示されて、私は慌てて窓から離れつつも、一応、常識人として言っておくべき言葉を放つ。
「おい、壊したら弁償せなあかんやろ!?」
「ガラス弁償代くらいで、変な部屋から出られるなら安いもんさ」
 俺が払うから気にするな、と背中越しに告げた火村が、大きく椅子を振りかぶりそのまま椅子をガラスに向けて投げつけた。普通ならば、ガシャンと破壊音が響いて脆くもガラスが割れるはずなのだが、我らが見たのは、全く割れる音もなく衝撃もなく、叩きつけたはずの椅子がフッと消える有様だった。
「え?」
「んん?」
「……って、椅子戻っとるやんけ!」
 ひぃ! と声を上げて仰け反る私の目の前に、火村がぶん投げたはずの椅子が戻っている。彼が動かす前の位置にちょこんと戻ったそれは、まるで動かされたのは幻影だと言わんばかりで。
「な、な、な、なんでや」
「椅子でも駄目なら、素手で殴っても結果は変わらないだろうな」
 火村はものすごく冷静に分析しているが、私は軽く眉をひそめて彼を見やった。彼の様子を見た限りでは、この現象に驚きはしたものの、この現象に対しての恐怖感などは彼から見て取れない。怖がっているのが私一人だというのは、何とも癪だ。
「君の手が消えたら、軽くホラーやで?」
「だろうな」
 ふんと鼻を鳴らして、火村はテレビを見る。画面は相変わらず、白米を食べろの指示が変わってない。つまり、ここから出たければ食うしかないということか。
「とりあえず、炊飯器の中身を見てみるか」
「うん」
 まずは、指示の通りにしてみて、それで駄目ならばまた何か手を考えねば。そんなことを思いながら、二人してテーブルの上の炊飯器へと近寄り誰が米を研いで仕込んだものやら怪しい炊飯器をしげしげと眺めた。他の家具類と同様に、この炊飯器も真新しい。フタ上部の蒸気口からの蒸気はもう収まっていて、デジタル表示はゼロ。炊飯ではなく、保温ランプが点灯している。炊飯器の横にはしゃもじ受けがくっついていて、ご飯がくっつきにくいようにボコボコした突起が沢山付いたしゃもじが差し込んであった。
「保温になっとる」
「匂いは普通に炊きたてご飯の匂いだな」
 とりあえずは開けよう、と開閉ボタンを押せばフタが開いて白い湯気がぶわっと上へと立ち上っていく。
「おお、美味そうやん」
「ごく普通に白飯みたいだな」
 つやつやとした炊きたての白飯が湯気の間から顔を出す。とりあえずはおかしなものはなさそうだが、ご飯の量は結構多そうだ。これはいったい何合炊いたんだろう? これを二人で食べ切れるだろうか。
「……白飯だけを延々食うってのも、ちょっと微妙だな」
 同じようなことを思ったのか、火村が軽く唸りながらしゃもじを取り上げ、釜の側面にしゃもじを差し入れて一周させ軽く白飯の上下を返した。ほこほこと立ち上る湯気が熱そうだ。
「とりあえず、保温を切っていいか?」
「ああ、ええで」
 頷きながら、そういや火村は猫舌だから、ずっと保温していると熱くて難儀するのかと思い至った。下宿でも炊けたと同時に切ってしまって、食べ切れそうにない分は、ラップに包んで冷凍庫に仕舞ったりしているのを見たことがある。
「軽く三合くらいはありそうだな」
 その量の多さに、しばし黙って二人して炊きたてご飯を見つめる。これだけの量を二人で食い尽くせというのか。
「せめて塩とか、ふりかけとか欲しいんやけど」
「冷蔵庫の中を見てみよう。何か御飯の友に使えるものが入ってるかも」
「ほんなら、俺はこっち探す」
 一旦、しゃもじを戻し炊飯器を閉じてから、私はキッチンになにかあるか覗きに行き、火村は冷蔵庫の扉を開けた。
「キッチンにはフライパンと鍋と……塩、こしょう、砂糖があるな。引き出しの中には、だしの素やら、鰹節やら鶏ガラスープの素に、ラップとホイルとビニール袋。それからのりたまのふりかけの小さいパック。ほんで、シンク下にはサラダ油やごま油、あと酒とみりんと醤油の小さなボトルがあるで。調味料が揃ってて助かるし、のりたまがあるならなんとかなるな」
 とりあえず、のりたまさえあれば、ご飯一膳は食べられる。鰹節に醤油を掛けてもいい。
「冷蔵庫には、卵一個と、海苔の個装と、塩鮭一切れ、味噌少々と梅干し、あと豆腐一丁があったぜ。ああ、きゅうり一本と刻みネギのパックまであるな。きゅうりは浅漬けにでもするか」
 冷蔵庫の野菜室まで確認し、これなら白飯が多くても何とか食べ切れそうだ、と火村が満足そうな顔をした。


……一話目のサンプルここまで。
この話はツイッターで見かけた「白米を食べきらないと出られない部屋」ネタです。
この話の段階では、二人はただの親友状態です。
二人の関係が変わっていくのは二話目からー。



ニ、告白は朝ごはんと共に


 ピピピと耳元で大きく鳴り響いたアラームを止めるべくスマートフォンへと手を伸ばして、指一本のスライドでアラームを止めた。
「んんー……もう朝か」
 ふわぁ、と欠伸をして大きく腕を伸ばす。昨日は夜中の三時過ぎに原稿をメールで送ったばかりだ。校正依頼が来るだろうからとまだ寝足り無い頭を振って、のそりとベッドを降りればぎしりと軋む音が響く。
「朝ごはん、何にしよ」
 ぼそりと呟きながらノートパソコン片手に寝室のドアを開ける。ほてほてと廊下を少し歩き、居間へ続くドアを開けてリビングからオープンキッチンに歩く途中で、ソファの上ですやすやと寝息を立てている黒髪に気がついた。
「あ」
 そういえば昨日は火村が泊まったんだったな、と思い出して。いつものようにふらりと学会の帰りだと言って遅めの時間にビール片手にやってきた腐れ縁の男は、疲れたと言いながらシャワーを借り、我が家においてある彼の部屋着を着て、私が提供したツマミを食べてビールを飲むと、早々に寝てしまい、私は締切を倒すために寝室で執筆していたのだ。
「今日は休みやって言うとったな」
 道理で朝にしては少し遅い時間まで寝てるわけだな、と納得して、寝室から持ってきたノートパソコンをローテーブルの上にそっと置く。リビングのファックスには、既に校正依頼がずらずらと印字されたものが並んでいるから、朝ごはんの後に修正せねば。
「んー……むしろこの時間やと朝というよりブランチなんかな」
 ぎりぎり九時にはなってないが、朝にしては少し遅い。ぐうぐうと鳴りそうな腹を抱えて冷蔵庫を開けた。
「ハムとタマゴ、チーズと食パン。……あ、キャベツも」
 トーストにハムエッグでも良いけれど、どうするか。
「そういや、確かホットサンドメーカーが当たったんやったな」
 ニ週間前くらいに出版社のパーティーでの余興だったビンゴで当てた商品がそれで、使おう使おうと思いつつ、開けても居なかった。水屋の前にちょこんと置いていた箱を取り上げて美味しそうな写真の踊るダンボール箱を開封してみれば、ビニールに包まれて電気式のホットサンドメーカーと説明書が現れた。
「ふーん……割と単純な作りなんやな」
 機械は蝶番で上と下に開くようになっていて、食パンを置く部分はテフロン製だ。窪んだ形で、なおかつ、具がこぼれないように工夫してあるようなくぼみが斜めに入る。
「えーと……ランプ点灯で予熱から焼き上がりをお知らせ。耳まで焼ける、か」
 レシピをさらっと眺めてみたが、食パンの上に具材を乗せ、食パンでフタをしたら、プレスして三分から五分程度で完成のようだ。パンは薄いほうがいいらしい。六枚切りを買っていてよかったと思いながら、軽くテフロンの焼き面上下をキッチンペーパーで拭いてからコンセントを差して、テーブルに置いてスイッチを入れる。
「キャベツ千切りにしてハムと挟むか。もう一枚は卵とチーズでええかな」


---中略---


「なに笑ってるんだ?」
「いや、君が居る朝もええもんやなと」
 普段は私一人しか居ない朝。誰かと一緒のご飯はそれだけで幸せなのだということを、一人暮らしになってから発見して、既に時は十年近く過ぎている。
「アリスさえ良ければ、いつだって俺は派遣されるぜ?」
「いやいや、君、ここからやと職場遠いやん」
 隣県へと出勤せずとも、京都に下宿してるのだから、毎日遠回りはきついだろう。
「なら、簡単だ。お前が寂しいなと思ったら、遠慮なく北白川に来ればいい」
「まあ、そうやねんけどな」
 ほろりと苦笑して、忘れるところだったホットサンドメーカーのスイッチを切る。
いつも私は火村に甘えていて、だからこそ少しだけ遠い大阪で自立して頑張ってるのに、君は私に甘い誘いを仕掛けることを躊躇わない。
「お、ホットサンドか。珍しいな」
「ビンゴで当たったんや。せっかくやから、使おうと思うて」
 焼きすぎたかもしれないと恐る恐るロックを外してフタを開けてみれば、なかなかいい焼き色になったパンが並ぶ。
「何とかなるもんやな」
「ちゃんと出来てるんじゃないか?」
 どれどれ、と言いながら火村が熱いプレートに触らぬように菜箸でホットサンドを取り出した。
「そっち、キャベツとハム。で、こっちが生卵とチーズ」
「生卵? ああ、これで火が通るのか」
 なるほどね、と納得している火村を横目に、私はキッチンから包丁を取ってくる。
「切ってみる?」
「よし」
 半熟になってたらいいな、とにんまりして、火村が包丁を入れた。さくりとトーストされた美味しそうな音がして、続いて、黄身がとろりと皿に垂れ落ちる。いい感じの半熟だ。
「いいねぇ」
「良かった。ちゃんと火ぃ通ったんやな」
「コーヒーもいい匂いがするな。ブランチにしようか」
「せやね」
 ドリップが終わったバッグを取り外してシンクの生ゴミ受けに入れ、戻ってきた時には火村がスティックシュガーと冷たい牛乳を用意していた。
「んじゃ、頂きます」
「召し上がれ」
 促しておいて、私もスティックシュガーの個装を破ってさらさらとコーヒーに入れる。軽く混ぜて入れる牛乳は少しだ。注ぎ終わって、テーブルに戻した牛乳パックを火村が続けて取り上げて、なみなみと彼のカップに注ぐ。
「ホットサンドなんてしばらくぶりだな」
「モーニングを頼んでもなかなかないやんな」
 厚切りトーストの確率は多いし、普通のサンドイッチも多いが、ホットサンドよりも、昨今はパンケーキが選択肢として出てくるほうが多いだろう。
 美味しいのになと思いながらかぶりつけば、さくりとしたパンと適度に火の通ったキャベツ、そしてマヨネーズが口に溢れる。
「ん、結構いける」
「マヨネーズが口の端に付いてるぜ?」
 すっと火村が私へ手を伸ばし、マヨネーズが付いてるらしい口の端を彼の指で拭ってから、おもむろにその指を自分に引き寄せて汚れた指をぺろりと舐め取った。ティッシュで拭こうと箱から引き出す途中だった私は、慌てて引き抜いたティッシュを火村に押し付ける。
「っおい、舐めてどないすんの」
「ああ、悪い。こっちのほうが早いかと思って」
 実際に早かったわけだが、そういうことをされると照れるじゃないか。
「君、誰にでもこんなんしてんのとちゃう?」
 これだからイケメンは、とジト目で見上げれば今からホットサンドを噛み付こうとしていた火村は、手を止めてふっと目元を和らげた。
「お前だけだよ」
「っ、君、絶対、俺をからかってるやろ!」

……二話目のサンプルでした。
ここからは火村がアリスを攻略しにかかります。


<R18部分を一部抜粋>

「あっ! あほ、どこ触って……っ!?」
「溜めてそうだなと思って。――ほら、力抜いてろ」
 さっきのマッサージのときにも思ったが、大きな手だ。それに自分の性器が包まれて好き勝手に扱かれるという状況に、私は混乱を極めてひたすら首を振る。
「っや、手、手ぇっ、はなしっ……ううっ」
「暴れるなって。気持ちいいだろ?」
「あっ! 乳首、いややっ」
 じたばたと無意味に足をばたつかせる私を制御しようと思ったのか、火村がスウェットの上をまくって、乳首を強めにキュッと摘んだ。そんな場所、今まで弄ったことのなかった私は、びりっと響いた痛みにびくんっと体を震わせる。
「んひっ! あっ、あっ、いやや! 俺ばっか、こんなんっ!」
「ああ、じゃぁ、俺も混ぜろ。確かここにハンドクリーム……ああ、あった」
「へっ? うわ!?」
 ソファの下を探っていた火村に、ぐいっと身体を引き上げられ、ソファに押し倒されたと思ったら、私の分身にぴとりと彼の屹立が重ねられて、ハンドクリームがその上からひねり出された。ちょっとひんやりする。
「え、なに……うひぃっ!? うわわ、ちょっ、うごかすにゃぁ!」



サンプルここまでです。続きは7/21発行の新刊をお楽しみに!

最初は支部に飯テロ短編出すだけの予定が、連作を思いついたばかりに前後編に……
前編は告白と手コキと兜合わせにぶっかけ程度までですが、後編は本番含めてがっつりボリュームアップの予定!
最初はブロマンス本を目指してたなんて誰も信じないよね(遠い目)



この先は本編にてお楽しみ下さい。
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