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事件の缶詰2 サンプル

原作版再録本。書下ろし付(R18) オンデマ/A5/218P(表紙含)より少々抜粋

■書き下ろし「階段教室の幽霊席」より抜粋
モブ女学生 視点


「あ、その席は座ったらあかん」
「えっ!?」
 突然慌てたような声がして、私は座りかけていた体勢を中途半端に浮かせたままで、声の主である右方向を振り返る。相手の女性は自分たちと同世代だと思われる女子学生だ。薄化粧をして、薄手の長袖Tシャツにデニムのスカートというカジュアルスタイル。私のような田舎から出てきた新入生の雰囲気ではないから、彼女は先輩だろうなとなんとなく推察しながら、ここの何が駄目なのかとボブカットの彼女を見上げる。
「端っこはあかんけど、もうちょいこっちやったら全然平気やから、こっちにおいで」
「はぁ」
 階段教室の最上段、ドアから対角線の最奥端っこ。誰も居ないし、席取りのための小道具類も置いてなかったので素直に空席かと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「すみません」
 軽く謝って、彼女の手招きに応じ、端っこより二つ分ほど空けて座る。
「ええんよ。うちこそごめんね。あれは念の為の空席やから、この時期にはなるべく空けておきたいだけやねん」
 私は社会学部二年の津田っていうねん。そう言って彼女は堪忍なと飴玉をくれた。今から授業だから飴は後で頂こうと礼を言って受け取った。
「あの席……誰か来るなら、何か置いたほうがいいと思いますけど」
「それがねぇ、下手に置けへんのよねぇ」
 そうしたいんはやまやまなんやけど、と困ったような顔の彼女に、私は首を傾げる。
「あの席は、ちょっと特別なんよ。春だけはね」
 そう言って、彼女ははんなりと笑った。それと同時にチャイムが鳴って、講師の火村先生が教室に入ってくる。イケメンなのにちょっとだけだらしのない衣服のせいで損をしてると思うのだけけど、当人は学生からそんな評価を受けているとは知らないだろう。
「では、授業を始める」
 この低いバリトンボイスはセクシーでいいのに、と思いながら左の空席を見る。端っこは誰も座らぬ空席のままだった。

 * * *

「有栖川有栖?」
 授業は何事もなく終わり、せっかく知り合ったんやからというよく分からない理由で私は津田と名乗る先輩に引っ張られて食堂へと移動していた。ちょうどお昼時の食堂は、昼食を取る人間も多い。それぞれ日替わり定食を頼んだ私達は二つ並んだ空席を見つけてトレイを置き、食事を開始した。そこで、その名前が出たのだ。
「そう。推理作家なんやけど知ってる?」
「いえ、知りませんでした」
 今まで教科書を含めて文学方面は文豪たちの古典やノンフィクションや論文を読むほうが多かったものだから、生憎とその名前は記憶がない。
「大学の購買にも平積みされてたりするんやけど」
 そう言いながら、津田先輩は鞄から一冊の文庫本を取り出した。その書影ならば本屋と大学の購買で見かけたことはある。
「見かけましたが、生憎と読んでませんね」
「そっか。まぁ、それはええんやけどね、つまり、あの階段教室の最上段端の幽霊席は、彼のためやねん」
「え……幽霊が出るんです?」
 ただの空席ではなく? と私は瞬く。というか、幽霊と表現するならば、その作者は亡くなっているのだろうか。
「ああ、ごめん。ちゃうよ、ちゃんと生きてはるよ! 多分、ここ数日のうちに来はると思うねんけど、とにかく、四月末から五月の十日くらいまでは、あの席を空席にしておくほうがええねん」
「はぁ……」
「有栖川先生はな、ここのOBで、火村先生と大学時代からの友人なんやて。ちょくちょく社会学部の研究室行ったり図書室行ってはるから、キャンパスで見かけることもあるんとちゃうかな。ただ、邪魔はしたくないのか階段教室に来るのはあんまし無いけど、春だけは……ゴールデンウィーク近辺だけはこっそり授業聞くことが多いんやて」
「そうなんですか」
 それでわざわざ空席を作っているのか。
「でも、予約席とかの小道具は置けないんですね?」
「シャイなんよねぇ」
 たはは、と彼女は苦笑する。何でも有栖川先生の席と書いた小さなメモを置いていたことがあったそうなのだが、それをひと目見て苦笑した彼はそっとその紙を持って教室を出ていってしまい、講義を聞かぬままだったのだという。
「偶然、その席が空いてますよって形にすれば、こそっとやってきて、にこにこ聴講してはるんよ」
「ふぅん」
「ほら、これ。著者近影。なんというか、人畜無害っぽい顔してはるんやけど、これで殺人事件を書くんやから妙に不思議なんよねぇ」
 しかも小説も面白いんやで、と津田先輩は請け負った。
「人は見かけに寄らないってやつですね」
 私は推理小説というものをあまり読んだことはない。ホームズシリーズとかアガサ・クリスティとかを少しばかり読んだり実写化された外国ドラマを見た程度だ。でも、人を殺すという一言だけで、その柔らかく微笑む写真とのギャップが凄いし、トリックとかを思いつくのはきっと大変だろう。頭も良いんだろうなと勝手に推測して。
「火村先生はフィールドワークで実際の殺人事件を研究してはるし、有栖川先生はミステリ書いてるし、なんのかんの似た者同士なんやろね」
「そうですか」
 そうか。そういう接点があるならば友情も長いだろうし、話も合うのだろう。長い友情が続く関係というのは良いなと羨ましく思う。
「ちなみに、その、有栖川さんの本はどれがお薦めですか?」
「やっぱりこれやろか。デビュー作から順番に読むのがオススメやな」
 そう言って、先輩は手に持っていた月の書影がある文庫本を私に差し出す。
「良かったら、ゴールデンウィークの間にこれ読んでみて? 返却は五月七日の二コマ目、犯罪学の授業な?」


書き下ろしのサンプルココまで。書き下ろしはモブ視点なのでRなし。






「桜の下に眠るもの」より一章を抜粋
■大学の建物の描写を英都大のモデルである同志社の赤レンガに変更しています。
 一.とある春の研究室
                   有栖川有栖 視点


「あー……えぇ花見日和やわぁ」
 風は少しまだ寒さを伝えてくるとはいえ、うららかな春の日差しが差し込む窓辺は、自分の大阪の自宅ではなく、京都府京都市上京区にある私立英都大学の社会学部研究室のもの。
一九ニ〇年の大学令に認可されたので歴史は結構古く、赤レンガの目立つ洋風な外観はキリスト教プロテスタント派の意向を汲んでいるが、実際入学してみるとそこまでキリスト教を全面に押し出した大学でもない自由さは適度にある。
 ノスタルジックな赤レンガ校舎。そんな建物の一角に私、有栖川有栖(良く聞かれるが本名だ)は居る。
 勝手に開けた窓の桟に寄りかかって、私は一人で飲みかけのコーヒーの缶を弄び、手持無沙汰に外の様子と窓の端で風に揺らめくカーテンの動きを眺めていた。
 季節は卒業シーズン。先日開花宣言した桜は、この窓から左側に身を乗り出せば門の辺りでひらひらと薄紅の花弁を舞わせているのが見える。
 職業欄に小説家と記載することが出来るほど一応の収入を得ている私は、無事に昨日、短編の締め切りを乗り越えて、我が親友兼恋人の勤務先にお邪魔した訳だがこれには理由がある。この研究室の主である火村英生は、この大学の社会学部の准教授であり、自ら犯罪者を狩り警察を手伝うフィールドワークを研究方法としている臨床犯罪学者なのだ。もっとも、この言葉は私が勝手に付けたものであまり知れ渡っているものではないのだが。
 ともかく。大学時代からの腐れ縁に、とある犯罪学の本を次に書く話の資料として借りるべく本人に内緒で乗り込んできたという訳だ。勝手に持って行くほど図々しくはないので、一言断ろうと思ったらば、生憎と本人は只今授業中。ならば、待たせてもらおうかと、勝手知ったるここに主不在のまま入って来たのだが、ただ待ってるのも時間が経たないものだと思う。
「あかん。もう少しやのに眠くなりそうや」
 締め切り明けというのも手伝って、缶コーヒーでも眠気が消えやしない。ブラックではなく、ミルクと砂糖入りだったので余計に。一応、睡眠は取ったはずなのだが、春の陽気は睡魔を連れてくるから油断ならない。
 軽く頭を振って、ふわわと欠伸した口が閉じきらない内に、開け放っていた窓を閉めて鍵を掛け、ゆったりと研究室を後にした。
 向かう先は、この部屋の主が教鞭を取っている教室。
 散歩がてら、眠気覚ましがてら、のんびりと歩く。春一番とはいかないゆるやかな風が、三階の渡り廊下を歩く私の癖の付きやすいこげ茶の髪を少し乱していく。
 歩きながら飲み干したコーヒーの缶は、目に付いた自動販売機横の屑籠に向けて投げる。カンと高い音を立てて縁にぶつかった缶は、かろんかろんと音を立てて廊下に転がってしまったので、仕方なく近寄って拾い上げ入れ直す。やはり眠気はまだ私の頭を支配しているようだ。
「さてさて、あいつの授業、久々に聞くかな」
 実のとこ、照れるからか、私が彼の講義を拝聴するのを火村は微妙に嫌がってる気がする。だが、こっそりと遅刻して来た学生のように入り込めば、多少の暇つぶしは出来るだろう。どうせ授業の残り時間ももう五分程度だ。ついでに私の存在に気が付いたなら、来訪を知らしめられる。
 嫌な顔をするだろうが、それもまた一興。にやりと笑って、教室へと近づく。
 教室の正面は黒板と教壇。そこを起点としてすり鉢のように傾斜のある階段教室は長い机と椅子が何列も並ぶ。そっとドアの影から中の様子を窺う。よしよし。火村は板書していて彼から見ると後ろにあるドア方面の様子は気が付いて無いようだ。
 するりと細く開けたドアから中へ入り込み、スニーカーなのを幸い、足音を立てずに進んで端っこの椅子を慎重に引き出してそれに腰を下ろした。周囲は遅刻者とでも思ってくれたか、こちらを見る人はいなかった。
 白っぽいジャケット、濃いめグレーのスラックス、灰色のYシャツに黒のネクタイをかなり緩くぶら下げた火村の姿は、いつもの碁石ファッションだ。三十四という年齢の割には早くに老化現象が訪れかかる若白髪がぼさぼさの黒の髪にわずか混じるが、顔はそこそこ男前。男の私から見てもそんな感想とコンプレックスを抱くので、無謀にも女嫌いを公言する彼にアタックする女学生は引きも切らないらしい。
 ちなみに、若白髪を本人は気にしてないと言い張るので、同い年ながら自由業の身で幼く見られがちな私は、若さを分けたろか、とからかってみた事もあるのだが、ちっとも乗って来なかった。つまらんやつめ。
 そんなことを思いながら見つめていると、火村が白いチョークを置いて手をはたきながら視線を落としつつ、振り向いた。まだ視線はこちらには向かない。
「果たして、この場合、Aに犯罪という意識があったのか?」
 チョークの代わりに、今度は教壇上のマイクを片手に、顔を上げて軽く学生たちを見回した彼が、私に気が付いたのか、ぴくりと眉をあげた。それも右眉だけ。おーおー器用なことで。
「――誰か分かる者は?」
 残念ながら誰も応えなかった。途中から乗り込んできた私には、どんな講義だったのか全容は分からないが、周囲の様子からしてこの質問は難問だったようだ。教える身としては不満だろうが、学生たちは視線を下げたり友人同士で小声で議論し、自分に指名という厄災が降りかかるのを恐れている。つまりは誰も答えを持ってはいない。
 ややあって、チャイムが鳴り響き、一様に拷問めいた雰囲気からの解放を察してほっとした空気が教室内に流れる。
「今日はここまで。次回はさっきの答え合わせから始めよう。――解散」
 最後の一言で、学生たちはがたがたと椅子の音を響かせて立ち上がり、荷物片手にそれぞれの目的の場所へと移動する為にドアへと向かう。見るともなしに眺めていた私の座る机の横を彼らは通りすぎ、やがて蜘蛛の子を散らすように人気のなくなった教室の中には、残りは私と火村だけ。
 私は黒板を消し終えて教壇からゆっくり本を片手にこちらに近寄ってきた火村と顔を合わせた。もう気が付いているのは分かってるので、手を振ったりはしない。その代り、によ、と笑って隣にやって来ておもむろに座った彼を出迎える。
「なんだ。またここで原稿用紙でも広げて執筆を始めようってのじゃないよな? センセイ」
 おや、机に肘をついてこちらを覗き込む火村が懐かしいことを言いだした。もう十四年も前、我らが出会ったのはまさにそういう図だったのだ。ちなみに、准教授である火村が私をセンセイと呼ぶのは、私が作家だからという理由よりも、単純に私をからかう意味が強い。
「さすがに今、原稿用紙に書くんはもう古いわ。今なら有栖川君はパソコンやスマホで執筆して、完成後に原稿用紙に打ち出すんかもしれへん」
「パソコンならまだしも、スマホではお前の傑作も盗み見るのは大変だな」
「原稿用紙の偉大さに恐れ入ったやろう」
 新人賞応募の為に原稿用紙のマス目をせっせと埋めていた私に興味を引かれ、たまたま隣に座った火村は私の書き連ねた推理小説の原稿を勝手に読みだした。変な奴だと思った私が怪訝な顔をしたのに気が付いたか、講義が終わると同時に続きはどうなるのかと問うた火村。それが始まり。
 以来、秀才だが変人と名高い火村の唯一の親友に、この私、有栖川有栖はなったのだ。
 そんな腐れ縁の相手は、私の顔を見てにやりとした。
「当時みたいにカレーでも奢って欲しいのか?」
「さすがにもう当時の値段では食えんやろ。ちゅうか、資料借りたくて来たんや。安月給の准教授サマにたかりに来たんやないで」
「それは失礼」
 御見それしました、と薄く笑って告げた火村は、カタンと音を立てて席を立つ。今は休憩時間だが、この後、ここは別の講義に使う。ならばさっきまで居た研究室に移動するべきだな。彼の後を追うように私も席を立って、教室を後にするべく足を踏み出す。
 ドアの取っ手に手を掛けた火村の左手薬指に光る金属に、私は楽しくなって密かにくふふと笑みこぼした。
 それは、前回ストーカー事件で私に言い寄る女性に対しての対策で購入した記念のペアリングだ。私の左手薬指にも同じリングがサイズ違いで嵌っている。
 バレンタイン前に十年ものの両片思いが判明して、告白と同義のキスから、その後の旅行先の初夜まで怒涛のように過ぎ去って何度も体を重ねて、それなのにまだまだ恋人になって一か月超えたばかりという妙な初々しさが私達には付きまとう。親友の履歴のほうが長い分、遠慮は無いけれど、だからたまにどちらの態度で接したらいいのか分からなくて私は親友のままの位置を取りたがるが、火村は逆に恋人の位置を取りたがる。
 あぁ、話が指輪から逸れた。
 女性は特に、薬指の指輪というものに敏感なのだそうで、火村が私とのペアリングを嵌めた翌日の朝、既に目ざとい女性たちに見られて、キャンパス内で悲鳴を上げられたというのは、その日の夜に電話で聞いた。
 彼が結婚したという噂はアッという間に学生の間には広まったらしいが、それでもファッションリングだと信じてる子だとか、カモフラージュだろうとか、うがった見方もされてるらしい。
 それのどれにも肯定も否定もせず、噂が落ち着くのを待ってるだけの火村だが、ただ一人だけ勇敢にも友人連中からせっつかれて恐々と事情を聞きに来たゼミ生の貴島朱美さんには過去に火村も私も事件で彼女と親しくなってたこともあって、秘密だぞと告げてから私とのペアリングだと明かしたそうだ。もちろん、秘密を共有した貴島さんはめっちゃ祝福してくれたのだそう。
 なんや微笑ましいな、とその報告を聞いて私も電話口で嬉しかったことを思い出す。
「ここに来たということは、もう締め切りは終わったのか?」
 私が指輪について思い出し笑いをしているとは気が付いて無い火村が、隣りを歩きながら横目でこちらをちらりと見た。准教授は、物言いたげな瞳でもって、今日の、いや今夜の予定を私に聞いて来ているのだ。
「せやで」
「泊まるか?」
「婆ちゃんが良ければな」
「なら安心だ。彼女がお前を締め出すはずがない」
 火村は下宿住まいだ。大学の頃から北白川にある下宿の一室を借り、それは准教授になった今でも続いている。今の時代、下宿という形態は流行らないのか、もう下宿の店子は火村ただ一人だ。
 私も、そんな火村に会いにしょっちゅう来ているので、婆ちゃんがいつも温かく迎えてくれるのは私だって知ってるが。
「そんなん分からんやんかぁ~?」
 にやにやして右手人差し指を彼の顔に向けて突きだすようにくるりと回すと、行儀悪いなと言わんばかりに手がはたかれてそのまま私の右手は彼の左手に握り込まれるように捕まった。
「おい」
「なんだ?」
「手ぇ」
「行儀の悪い手は掴むに限る」
「なんでやねん」
 三十四にもなる男が二人、手を繋いで廊下を歩くという恐ろしい特異な状況に慌てるが、振り解こうとしても離れない。たまにすれ違う学生たちが、なんだあれといった顔で振り返るのが居たたまれない。なんだこの羞恥プレイは。
「くそ、この馬鹿力め」
「おや、大阪人は、馬鹿という単語を使わないんじゃなかったか?」
「あのな。屁理屈言いなや」
 本日の准教授は、かなりの駄々っ子らしい。溜息をつく間に社会学部の研究室のドアが間近に迫ったので、振り解くのも諦めた。
 ドアを開けた火村は、どうぞとばかりに手を離して私の背を軽く押し出したので、素直に部屋の中へ入って中央のソファの間にあるローテーブルに足を進める。先ほども勝手に入った部屋は、十数分程度の外出で何が変わる訳でもない。
 すたすたとデスクに向かった火村は、手に持っていた本をデスクの上に置き、次にインスタントコーヒーを淹れるべく自分のマグカップを取り上げた。
「コーヒー飲むか?」
「いや、さっき飲んだばっかや」
 コーヒーはもう要らない。それよりも、とソファの前のローテーブルの上に置いておいた本を持ち上げて指し示す。最初にここの部屋に入って来た時に、既に本棚から見つけてここにピックアップしておいたのだ。
「これ、明後日まで貸してくれへん?」
「あぁ――図書館の奴じゃないな。なら、構わないぞ」
 おい、その返答だと図書館の本を間違って人に貸して紛失させた過去がありそうやな?
 司書さんにきっと怒られたんだろう。ちらと過ぎった苦い顔ににやにやして、私は感謝を述べながら本を自分の鞄に仕舞いそれから、ソファに座るのを止めて窓に寄って細く開けた。なにかひらりと視界の隅で動いた気がしたのだ。
「ん? ――あぁ、桜やな」
「あぁ、もう散ってるからな。そっちのが風で飛んできたんだろう」
 そっち、と軽く右側を指しながら、火村は私の隣というには少しだけ距離を開けて、自分用に入れた猫舌用の温さのコーヒーを同じく窓の外を眺めながら口にする。
 窓をちゃんと開けて外に顔を出してみれば、火村が指差した正門とは逆の方向にも桜の木が満開の薄紅を風にまき散らしていた。まるで桜の嵐だ。
「――なぁ、桜の木の下には何があると思う?」
 頬に当たった風が少しキツイ気がして、部屋の中に沢山ある紙の資料が飛ばぬよう静かに窓を閉める。急な私の言葉に、こちらを見た火村は軽く瞬いてコーヒーを飲み干した。なんだそれは、と言いたいらしい。
 これはさすがに突飛な質問だったか、と思ってもう少し分かりやすく言葉を追加しようとしたら、飲み終わったコーヒーカップを置いて、人差し指で唇の下をゆっくりなぞった彼は、ぽつと口を開く。
「とりあえず、お前が好きそうな答えと、現実的な答えがあるが?」
 ふ、と火村の口元が笑みを作る。あぁこれは機嫌がいいな?
 私もにやりと笑って窓を閉め、ゆっくりと右腕を腰に当てて彼に近寄った。まずは一歩。
「じゃ、現実的なほうを先に聞いたる」
「まぁ、地面なんて掘ってみなきゃ下に何があるかなんて分からないからな。お前が期待するようなモノがあるかもしれないし、掘り進めば地下水や温泉が沸くかもしれないし、普通に水道管やガス管があるかもな」
 人差し指を立てて、火村はやんわりと告げる。極めて現実的な答えだ。確かにその通り。
 では、もうひとつは、と左腕のほうも腰に移動しつつもう一歩彼に近づく。残り一歩で彼に触れられる距離。
「俺の好きなほうは、どない?」
「どうせ、お前の事だ。『桜の木の下には死体が埋まってる』とでも言いたいんだろう? まぁ、昔墓地だったような場所ならそういったこともあるだろうな」
「正解」
 さすがは火村。嬉しくなって顔を見上げると、残り一歩を詰めてきた彼の大きな手が私の頬を包む。ちょっと心配そうな顔で覗きこむところをみると、私の健康チェックか。京都住まいの火村と、大阪在住の私は、お互いの仕事の都合もあってたまに逢えない日が続くこともある。大体は週末逢うし、平日でも火村のフィールドワークに同行した際には逢うのだが、それでも毎回、こうやって私の不摂生を咎めるように観察される。たまにはドヤ顔をしたいところだが、締め切りという地獄を潜り抜けるにはやはり多少の健康の犠牲は必要なのだと言い訳しておく。
 早いとこ大ベストセラーでも書いて大先生とならねば、彼に気苦労ばかりかけそうだが、何年後の話やら。
「また目の下にクマ作ってるな、センセイ」
「これでもちゃんと寝とるで?」
「そうは見えない」
 さよか、と静かに返して両手を彼の腰に緩く回す。呼応するようにして、火村の右腕が私の腰を抱いた。左手はまだ頬にあるままで、かすかに笑みを浮かべた顔が近寄って来る。
 勤務先でイチャついていいのか? と思いつつ、キスは嬉しいのでそのまま私も目を閉じた。
 触れている場所から伝わる体温。柔らかな唇の優しい感触。今日はまだキャメルを吸う暇がなかったのか、ゆっくり絡まる舌先は今飲んだばかりのコーヒーの味がする。私もコーヒーを飲んだ後なのでお相子だ。
 ちゅ、と小さく音を立てて何度か啄むように触れる唇。あむと軽く甘噛みしてみる下唇に、軽く笑う気配。ふんわりと身体の右側だけに日差しが降りかかる陽だまり。猫のようにこのままイチャついてごろごろできたら至福だろうな、と思った矢先にガチャと音がして一陣の風が無粋な声と共に室内に雪崩れ込んだ。
「火村せん――あぁ、失礼」
 ビクッと数センチばかり飛びあがったのは私だけで、火村は腕の中に居た私を自分の背中に隠すように移動させて、入って来た人物と対峙した。顔を見る暇がなかったが、火村の背中が怒ってる気配がするのは気のせいか。
 入って来たのは中年というか壮年に近い痩せた男性だ。スーツを着ていて火村より身なりは格段にいい。せかせかした感じの印象の彼は、額の汗を何度もハンカチで押さえ、大き目の封筒を手にしている。
「――……どうも。入室の際にはノックをお願いしていた筈ですが?」
 あ。やはり火村の機嫌は陽だまりの花園からマリアナ海溝まで落っこちている。鍵を掛け忘れていた自分自身にも悔やんでそうだが、むしろそれよりこの男性に向けての苛立つ感情のほうが強そうで、彼に向けたバリトンにそれが滲んでいた。
「いや、すまないね。君が居る時に渡さねば、なかなか逢えないものだから」
 ほとんど謝罪とは思えない顔をして、持っていた大きな封筒をローテーブルへ置こうとした男性へ、火村が口早に制止の声を掛けた。
「それは結構です。置かれても迷惑なのでお持ち帰り下さい」
「いやしかし、とてもいい話で――」
 男性の声を遮って、ハーァ、とこれ見よがしに溜息をついて見せた火村は、彼に自分の左手を突きだすように見せた。その薬指の付け根には、先日私のストーカー対策で買ったプラチナリングが光るので、これが何を示すのか子供ですら分かるだろう。学生には火村が結婚した噂は広まってても、教師連中の間にはまだそこまで浸透してないらしいな。
「先日、私、結婚しましたので、今後一切、見合い話はお断りします」
 いや、非公式に二人だけで誓っただけやん! パートナーシップ制度すらまだ申請してないっちゅうの! とツッコミたくてうずうずするが、お口チャックが正解だろう。この場合。まぁどうやら上司などからのお見合いの斡旋みたいなので、こういう手合いには先手必勝というか、ハッタリがかなり有効なのだと思われる。
 火村の左手薬指のリングをぽかんと見つめた男性は、ややあって、あれ? と首を捻った。
「いや、君、女性に興味ないとか何とか前に言ってなかったかね?」
「ええ。ですから自分が興味を持ってる相手を選びました」
 いや、それは間違ってないけども、そんな返事でいいのか? 他人事ながら心配になって来る。
「結婚って、でも、今、その――」
「これは、うちの妻です」
 きっぱりと火村は言いきりやがった。いや、性別男やねんけど誰が妻やねん! と言いたいのをぐっとこらえ、火村の背中から一歩出て、仕方なく私は彼に向かって黙って頭を下げた。声は出さない。つか、出したら男だと完全にバレるし。いや、既に別に可愛くもなんともない容姿で性別バレてる気もするけども。
「――そ、そうか。それは失礼した。その、えぇと、おめでとう」
 口早にもごもご言って、失礼する、と気落ちした顔で封筒を持ち直して出て行く男性を見送るようにドアへと向かった火村は、ガチャンと大げさなほどに大きな音を立てて鍵を掛けた。そうしておいて、腰に両手を当てて、ヨシ、とか言うものだから、こちらは笑い出すではないか。
「指輪の効果、絶大やなぁ」
「おかげさまで助かってる」
 もう邪魔者は消えたとばかりに、ぱんぱんと手をはたいて戻って来る彼に、お疲れさんと声を掛けながら、私は部屋の中央に鎮座する二人掛けのソファのほうに進んでちょこんと腰を下ろした。
 はったりにしても、妻とか言われて、大阪人としては『なんでやねーん!』と突っ込むのがお約束なのだと思う訳だが、当事者しかいなくなったこの場になって、なんだか妙にその妻という言葉が照れくさい。
 自分が妻というのを照れずに上手く表現するならば、何だろう? 奥さん? いや、それも女性向けだな。私の性別と立場からすると、相棒……いや、それだと仕事の付き合いだけみたいだ。パートナー、がベストかなぁ、とつらつら考えながら口を開く。
「そんで? 新婚の火村センセは、勤務先にパートナー連れ込んで鍵して何する気ぃやの?」
「分かってるくせに」
 まぁそうだろう。今の私はどう見たって火村にとっての格好のエサだ。しかもここは、我らの母校であり、彼の勤務先なのだから、その背徳感と言ったらない。
 こんなハラハラが癖になったらどうしてくれるんだ、と思いながら、緩いネクタイの結び目に手を掛けて近寄って来る男を見上げ、私は羽織って来た灰色のジップパーカーをばさりと脱いだ。 


<中略>

■R18部分もちょこっとサンプル。
「俺はひとつのことに集中するタイプや」
「それはよーく知ってる」
 ちゅっ、と音を立てて唇を離した火村が、私の両足のひざ裏に手を掛けて持ち上げたので、勝手にぽふっと私の上体がシーツに沈んだ。
「ぅわ! おぃ……いきな……んんっ」
 足を持ち上げることで自動的に俺を倒した彼は、私の文句を聞き流してまだ残っていたらしいローションのパウチを指先に垂らして、ずぶりと奥へ差し込んだ。さっき風呂の中で掻き回されたナカは、大した抵抗も無くずぶずぶと指を飲み込んでひくつく。いきなり指二本でも辛くない。……あぁ、くそ。こいつに調教されてるのかと思うと変な気分だ。
「随分と歓迎されてるな」
「風呂で勝手に解したくせに」
 あーそうだったっけ、とかすっごく軽く言って、ひたりと熱い先端が当てられる。ゴム付けて無いじゃんと言う前に、ぐぬと入って来た質量に、はぁぁ、と声が零れて背がしなった。ぎちぎちに埋まったそれは、私の呼吸に合わせて、ゆっくりと奥まで突き入れられる。
「うっ……ぐ……も、ほんま……でかいし」
「いい加減……慣れろ……って」
 それは無理。大体、突っ込んだ後にさらにでかくなるとか反則だ。しかも、火村が喜々として突っ込んでる場所は本来は出口なんだからな!
 口では負けるので、不満たらたらな顔で見上げたら、私の中に分身を全部収めたヤツはにやりと笑う。こういう、征服欲に支配された火村の顔を下から見ると言いしれぬ想いに鷲掴みにされた気分だ。恐怖や不快ではなく、この男に身体が支配されたという服従の快感だろうか。
「もう、お前の中、俺の形をちゃんと覚えてるだろ? 賢いよな?」
 すり、と下っ腹を撫でられて、ぞわっと何かが背筋を震わせる。過ぎる快楽を逃がしたつもりが、勝手に身体は反応してしまって、きゅっと穴を締め上げ、逆に火村のモノを強く意識してしまう悪循環。何とか意識を逸らしたくても、耳からは相変わらずAVのあんあんと甲高い喘ぎ声が聞こえるし、身体は繋がってて逃げられない。
 なんでこんな浅ましくぴったり隙間なく火村の屹立に吸いついてるかな、私の粘膜は。こんなに喜んでたら否定の言葉が完全に嘘だってバレて恥ずかしいのは自分だけじゃないか。



サンプルココまで。
全部で十四章まである事件ものになります。
アリスが啖呵切ってたり、喧嘩してすぐ仲直りしてたりします。エロも多め。





■「GothicLogic」より一章抜粋

一、ただひとつの赤いドレス
                   有栖川有栖 視点


「むー」
 なんかだるい気がするのは気のせいか。ああ、そういえば昨日は何か肌寒かった。そのせいかもしれない。
 風邪ひいたかも、とは思ったが、ずび、と鼻をすするも、あーと声を出すも、さほど風邪とは自覚できない。ほんのちょっと鼻が出るかな? 程度ならば、大したことは無いだろう。
 そんな結論をさっさと決め込んだ私は、約一週間ぶりの火村からのフィールドワークのお誘い電話に一も二も無く飛びつきメールで送られた場所へと急行したのだ。

 +++++

「ここか」
 京都住まいの火村はまだ現場に到着していない。それもそのはず、今回の現場は大阪だ。私が住む夕陽丘より二駅ほどずれてるくらいの場所で、しかも最寄り駅から徒歩五分だったので当然、私のほうが先に着いた。多分、火村はおんぼろベンツで移動中だろうから電話で急かすのは止めとこう。
 火村は連続殺人かもしれないと言っていた。前回の殺人については二人とも不参加だったのだが、話を聞いた限りでは前回も今回も被害者に共通項があるらしい。
「こんばんは。有栖川さん」
 お早いお着きですね、といつものようにアルマーニに身を包んだ大阪府警の張り切りボーイ、森下刑事が野次馬の中から私を見つけてキープアウトの黄色いテープを持ち上げ、私が通りやすいようにしてくれたので、礼を言ってテープをくぐる。
 一戸建ての玄関エントランスは、赤色灯を回転させたバトカーか停まり、物々しく警官が警備していて、普段はごく普通の住宅街だろう一角を異様な雰囲気に包んでいた。
「こんばんは。お疲れ様です」
 森下君を始め、あちこちで犯人の痕跡を調べている鑑識の人にも労いの声を掛けつつ、まずは邸宅を正面から見上げた。北欧風とでもいうか、ちょっとお洒落な白い洋館だ。屋根の上にはTVのアンテナ以外に風見鶏なんかも月明かりにシルエットを浮かばせている。
「中へどうぞ」
「あー……、いや、火村と一緒のほうが解説も一度で済むんじゃないですかね?」
「なるほど。では、ひとまず玄関にでも入って待ってます?」
「んー……」
 じき来るんやないかな、と返した時、夜目にも目立つおんぼろベンツが邸宅の前を通りすぎて道端に停まった。どうやら我が名探偵は廃車寸前のベンツを鞭打って飛ばして来たらしい。役目を終えてエンジンが爆発しなきゃいいが。
 若白髪交じりのぼさぼさ頭、白いジャケットに灰色のYシャツ、黒のスラックス、ぶら下げた黒いネクタイといういつもの碁石ファッションで、口の端にキャメルを咥え、夜に溶け込むようなモノトーンの出で立ちでアスファルトに降り立った火村は、警備の警官と二言三言何か話してから、黄色いテープをくぐってこちらにやって来た。
「よぅ。アリス。やはりそっちが早かったな」
「二駅やからな。君のベンツが、遠足に悲鳴上げたんとちゃうか?」
「そこまで飛ばしちゃいないぜ。やぁ、森下君」
 私と会話しなから火村は携帯灰皿にキャメルの吸殻を収め、フィールドワークに愛用している絹の黒手袋を手に嵌め、張り切りボーイに軽く挨拶する。
「お疲れ様です。火村さん」
 にこやかに森下刑事は軽く敬礼した。殺人現場でにこやかにというのも変だが、刑事はこういうのが日常茶飯事なので、にこやかでも間違ってないだろう。軽く頷いた火村は、邸宅の正面玄関を見上げてから私に視線を向ける。
「お前、現場もう見たか?」
「警部の説明の手間を省くためにまだや」
「そりゃまた。素晴らしい助手だな」
 にや、と笑った火村は、しばし私を見つめてから、黒手袋を嵌めたままの右手を私の顎に掛けて上向かせる。まさか人前でキスとかしないよな? と一瞬焦ったが、火村は真面目な顔で問うてきた。
「お前、なんか……熱とか無いか?」
「へ?」
 熱? と自分の右手を己の額に当てるが良く分からない。首を傾げていると、火村が私の前髪を手で掻き上げてこつんと自分の額と私のそれを当てる。ああ、手袋脱ぐの面倒で額で熱を測ったな。こいつ。
 我らを案内する為に待ってる森下刑事はというと、早く中に入りません? みたいな顔して玄関のドアノブに手を掛けてこちらの様子を窺っている。
「やっぱり熱っぽいぞ」
「あんま自覚ないんやけど」
 大丈夫やで、と火村の肩を叩く。今のとこ、少しだるいかなというのと、少しの鼻水程度の自覚だ。熱っぽいような自覚は無いが、外の風かひんやりして気持ちいいなというのはある。微熱程度はあるのかもしれないが、冬のように外が寒い訳でもないからそう大げさにしなくてもいいと思う。
 それよりも、忠犬のように我らを待ってる森下君が可哀想なので、早目に案内させてあげようじゃないか。
「寒気とか無いか?」
「平気や。まぁ無理せんよぅにするわ。ありがとな」
 ほな、話聞きに行こか、と邸宅の玄関を指す。風が吹く玄関先の外に居るよりは、何にせよ中に入ったほうがいい。火村はまだ何か言いたそうにしていたが、結局、ご案内しますと言いながらドアを開けた森下刑事の声に従って玄関内部へと入って行ったので、私もそれに続く。
 玄関ロビーから中へ入ると、ロビーは真っ直ぐな廊下に続いていた。両端にいくつかドアがあるが、そちらはドアが開いて無いので現場ではなさそうだ。きっと台所や風呂等の水回りや他の部屋だろう。真っ直ぐ視線を上げた先、居間らしい場所が現場らしくて鑑識や刑事たちの姿が見える。
「失礼します」
「ああ、火村先生。有栖川さん。お疲れ様です」
 大阪府警の船曳警部が真っ先に火村に気が付いて声を掛けてきた。今日も見事にシャンデリアの明かりを照り返す禿げ頭に太鼓腹をサスペンダーで吊った『海坊主』氏は軽く我らに会釈して来たのでこちらも会釈を返す。
 鑑識はもう遺体を運び出したらしく、居間らしき部屋の中には白いテープで人型が貼られている。その形を見るに、大の字に近い形で被害者は亡くなったようだ。それがうつ伏せだか仰向けだかはまだ分からないが、血の跡が床にあるので流血沙汰だったらしい。
 火村と違って手袋の持ち合わせの無い私は現場を荒らさぬよう、上着のポケットに手を突っ込んだまま、周囲を見回した。殺人現場だというのを除けば普通の洋館と言いたいところだがあちらこちらにレースやらフリルやらが黒い額縁に入れて何枚もまるで見本か何かのように壁に飾ってあるのが見慣れない。この館の主は手芸にでも凝っていたのだろうか。
 ぱっと見回して気が付くのは家具等は黒で統一してるというところか。そんなに高そうなものではないが、濃いモスグリーンの地色にくすんだ金のアラベスク模様の壁紙に床は黒と濃い灰色の市松模様。クッションやテーブルクロス等の布類は白と淡い灰色。そして、挿し色のように真っ赤なクッションや真っ赤な花瓶が目立つ。そして、部屋の端っこに、トルソーと呼ばれる人間の胴体の上半身部分だけを衣装陳列の為にかたどったものが衣装無しのまま二つ並んでいた。
「なんや暗い部屋やな」
「ああ」
 暗いというか、渋いというか? シャンデリアは点いてるのだが、光量が抑えられているのかあまり部屋全体を照らしてる感じではない。家主は年配の方なのかしら、と思ったのだが。
「被害者は弘中須美代。年齢は三十二歳。洋裁を教えていたようですな。死因は頭部を強打したことによる脳挫傷です」
 おや、違った。女性だったか。しかも我々とそう変わらない年齢だ。そうなると彼女は年齢の割に渋いというか地味なものを好む傾向があったのだろうか。
「こちら、写真です」
「拝見します」
 船曳警部がポラロイド写真を数枚ぽんと火村に差し出した。五枚ほどのポラロイドを受け取った火村の横から私も写真を覗き込む。
 鑑識が撮影したのだろう。顔を中心とした写真は被害者が仰向けで大の字で倒れていた。その頭にはべったりと血の跡。覚悟して見ていてもデスマスクというものは、血色が悪いからなのかあまり気持ちの良いものではない。
「一撃ですか?」
「そのようです。今のところ、凶器らしきものは見つかっていません」
「ふぅん」
 ぱらりと写真をめくる。怪我部分のアップだ。黒い髪の毛にべったりと血痕が付いている。相当、殴られたんだろうと思うが、頭部は血管も多いので血も出やすい。この様子だと前方向から殴られたみたいだな。ということは。
「顔見知りの犯行やろか」
「気が早いぜ、先生。出会い頭ってのも可能性としては残ってる」
 二枚目。次の写真は全身らしい。黒のドレスのようだが、黒一色ではなく、裾や袖にレースやフリル等の装飾が沢山くっついている。待てよ。こんな衣装を見たことあるぞ。
「ゴシックアンドロリータか」
「せやな。ゴスロリや」
「その衣装が連続殺人と思われる理由の一つです」
 船曳警部が言うには、三日前にも同じようなゴスロリ衣装の殺人があったらしい。
 ゴスロリとはファッション関連の和製用語だと私は記憶しているが、怪奇的退廃的なデザインの黒や深紅、白等の単色衣装で、かつレースやフリル等の可愛らしいパーツを組み合わせたもの、らしい。
 基本的には若い女性が着ることが多いが、またそんな彼女たちのサブカルチャーにもなっているので、結構愛好家は多い。肌の露出も少なめで体形を隠せたりもするので、意外と着る人を選ばないとも言われているし、コスチュームプレイとしての需要もあるらしい。
 ついでに、そこから派生したゴスパンク等はビジュアルバンドといった男性の舞台衣装などにも取り入れられたりするので男性がゴシック風衣装を着ていることもある。
 三枚目。めくった写真は手のアップだった。右手のアップ。上向いて緩く握った形で、その手の中に何か白い糸のようなものを握っている。
「何か持ってへん?」
「毛糸? にしては太いし……リボンにしては編み目っぽいな……レースか?」
 レースか。これだけあちらこちらにレースやフリルが飾ってある家なのだから、家主が握っててもそう突飛なものではないな。
「それが共通点二点目ですな。現在、鑑識が持って行ってますが、三日前はフリルとやらを握ってました」
「分かりました」
 皮膚片だとか血液だとか何かあれば鑑識が見つけるだろう。
 他に何かこの写真から読み取れないかと、火村が写真を回して百八十度回転させた。私は微妙にだるさが重くなって来たなと思いながら口を開く。
「これは……ペンやろか?」
「たぶんな」
 手から外れていて少し遠目だが、ペンみたいなものが写っている。これも多分、鑑識が持って行っているだろう。ごくありふれたペンでそれ自体にはあまり意味はないと思うが、位置からして、ペンも握ってたのが被害者が倒れた拍子に落ちたっぽいような感じだ。
「ちゅうか、この人、ペンとレースをいっぺんに持っとったんかな?」
「……どうだろうな」
 普通、書きものをする際は、筆記用具だけを握ると思うのだが。単に持ち運んでいただけならば別に気にしなくてもいいかと気を取り直した。あと、考えられるとしたら、犯人が何かメッセージを残したくてわざと持たせたというのもあるだろう。まだ確定ではないので、これは頭の中にメモしておく。
 こういう仮定はいくつもあるが、未確定の要素が多いうちは火村はそういう仮定をあまり積極的には口にしない。私一人がああだこうだと口を出して火村に早合点は禁物とたしなめられるのがいつものオチだ。
 四枚目。最後の写真は、部屋全体を写したものだった。今見ているのと同じように、緑色の壁紙、黒い家具、赤いクッションと花瓶、フリルとレースの飾られた額縁。まるで間違い探しのように、そのポラロイドと居間の様子を比較する火村が、同じ角度になるように立ち位置を変える。
「ここか」
「せやな」
 写真を撮影したのと同じ場所で写真と目の前の光景を比較したものの、どの道、殺害後の撮影なので、あまり変化はなさそうだ。
「つか、ここほんま、基本的に暗い感じやな。ペン持っとっても書きものなんかできへん」
 シャンデリア以外には、間接照明らしい小さなオレンジの光が部屋の四隅などの壁に向けて上向きに灯る程度だ。落ち着いているが、書きものには向かない。ならば、あのペンは単に持ち運んでいたのだろうか。
「……そうだな。大体、そういう時の為になにか……」
「ああ、デスクライトみたいな?」
 そういうのって背の低いタンスとかの上に置いてあるよな、と私がおもむろに指した場所へと火村がすたすたと歩く。他にライティングデスクのようなものは見回す限りこの部屋には無い。
 家具をピックアップすると、ソファセット、ローテーブル、丸いテーブルとカウンターチェア、引き出し五段くらいの小さなタンス。ピアノ。そんなところか。ああ、あとテレビボードとか電話台もあるけれど、物を書くスペースはローテーブルと丸テーブル以外は無い。
「……跡だな」
「ほんまや。この上のもんが無くなっとる」
 ごくごく薄い埃が黒いタンスの上に丸く跡を残している。ここにきっと何かがあったことは確かだ。ざっと下を見ても、素直にランプが下に落ちているといったことは無かった。
 凶器がまだ何かは分からないのだが、もしライトなら振り被って勢いよく振り下ろせば台座などが凶器にならないとも限らない。そういうことも含めて、火村は気になったのだろう。私に視線を寄越した。
「探してみよう」
「了解」
 指紋を付けぬよう手をポケットに入れたまま、左方向へ壁伝いに床と家具の上を見て回る。私の反対側であるタンスから右方向は火村が同じようにデスクライトのようなものを探してるだろう。テレビボードの裏にはホコリ取りの為の掃除道具がこっそり隠れていたので、黒い家具は大変だなと思ってちょっと笑った。
 それを通りすぎて、壁伝いに黒いドアに辿りつく。今、ちょっとふらつきそうだった。危ない危ない。やはり体調は微妙なラインなのだろうかと思って見下ろした目に、ふと引っかかりを覚える。
「お? ……火村。こっち来い」
「あったか?」
「見てみ?」
 居間から続くドアがほんの少し開いていて、良く見たらコンセントから伸びる電気のコードがドアの奥へと続いていた。その状態のままで手を付けずに火村を呼ぶと、相棒はすぐに私のところに来て私が顎で示したコードを見て頷く。視線だけで、下がってろと言われた私は素直に一歩後ろに下がる。
 すっと手を出した火村の黒い手袋が、ドアにそっと触れた。キィ、と小さく音を立ててドアがゆっくり開かれ、目の前は薄茶色で埋まった。床には電気の延長コードがドアの外から奥へとへろへろと伸びている。
「倉庫?」
「そんな感じだな」
 目の前にはダンボールが沢山。乱雑に積んであるが、中身は軽いのか箱は潰れてない。マジックで色の名前だとか何やら記号のようなものが書いてある。ざっと見回すと、部屋の奥にはライティングデスクがあった。そしてデスクの上には我らが探していたデスクライト。
 すたすたとそちらに歩いて行った火村は、ライティングデスクの前に行き、スイッチを入れるがデスク上部に付いてる蛍光灯は点かない。では、とデスクライトを点けると明かりが付いた。
「どうやら蛍光灯が切れたんで、デスクライトをここに持って来た説だな」
「そうらしいな」
 なんや、何か理由があるかと思ったら、と肩を落とした。ま、何かあれば先に来てる鑑識が見つけてるか。デスクの上には小さなメモやノートもあるが、ノートのほうはデザインデッサンみたいだし、メモは数字だらけだ。本なんかもあるが、デザイン関連の本が多いようだ。
 火村がデスクライトやノート類を下に下ろして、天板を軽く持ち上げて引きだしを引いてみる。平たい引き出しの中には、デザイン画らしいデッサンを書いた紙が沢山入っていた。
「自分でデザインして自分で作る人やったんやな」
「……いや、結構タッチがバラバラだぞ、これ。依頼人のデッサンを元にして衣装作ってたんじゃないか?」
 これとこれと、これとこれ、と広げられたスケッチブックや画用紙は、確かに下手なのやら上手いのやら、ひたすら文章でところどころイラストが落書きのように入ってたり、とバラバラだ。これは確かに一人の人間の書いたものではない。そういった事実を確認して、火村は引きだしを閉めて天板を戻しライトとノート類を戻した。
「……別の部屋にも行ってみよう」
「ああ」
 ここにはもう目ぼしいものは無い。そう判断した火村に同意して、二人で居間に戻る。火村は鑑識さんと話終わったらしい船曳警部を捕まえて聞いた。
「一応、軽く他の部屋も見て回ってもいいですか?」
「ああ、どうぞ。お好きに」
 何か見つけたら教えて下さい、と船曳警部が頷く。
 それでは、と火村が腰を上げる。軽く見回して、彼はすたすたと居間の手前、玄関から見て左のドアへと進んだので、私はひょこひょこと後ろからついて歩く。うーむ。あかんな。ちょっとだけだけど、くらっとした。
「まずは、ここっと」
「うわ! マネキンかいな!」
 びっくりした! 火村がドアを開け放った真正面に、白い人形がぬぼーっと立ってるから。電気が点いて無くて真っ暗なので、余計に怖い。
 正面のマネキンは家主と同じように黒のドレスを着ていた。やはりこちらもゴスロリだ。他にもトルソーがいくつかあってそれにもゴスロリ衣装が着せられている。
「全部ゴスロリか」
「これ、作っとる最中みたいやな」
 右側のトルソーの衣装のあちらこちらにマチ針がくっついてるし、足元というか下にはレースやフリルらしき白い布がとぐろを巻いている。作り掛け衣装だろうか。
 傍のテーブルの上にはミシン。あと、細々した裁縫用の道具類が散らばっているので、ここが裁縫部屋らしい。ここだけは窓も大きく、明かりもしっかりしているようだなと天井の大きな照明を見て思う。
「点けるか」
 カチ、と壁のスイッチを火村が操作して、パッと明かりが点く。やはり居間よりかなり明るい。壁紙も白だし、全体的に明るい。眩しさに瞬いて、あれ、と気が付く。
「あれだけ、赤や」
 奥の花柄の遮光カーテンがかかる窓の桟に、ハンガーがひとつ。そこに掛けられたゴスロリ衣装は、赤というか深紅。いままで黒ばかり見ていたので思わず近寄ってじろじろと見てしまう。
「……だな」
「意味あるんやろか」
 真っ黒のドレスが多い中、ひとつだけ赤。そして、ひとつだけ背中を向けて窓に向かって掛けてある。
 黒が多いゴスロリ衣装だが、白一色とか赤一色も普通にあるのは知ってる。しかし、これだけ赤というのは何か意味でもあるのかと思ってしまうのは、推理作家の性みたいなものだろうか。
「さあな」
 自分自身がファッション系は苦手だからなのか、火村はどうでもいいやという顔でその隣の金属棚の中のアルバムをめくり始めた。アルバムは色んな衣装を着た被害者や友人などのスナップのようだ。
「俺的には何かあって欲しいんやどなぁ」
 何か赤のドレスに秘密が隠れてないだろうかとフリルを摘まんでぺらりとめくったところで、急にぞわりと寒気がして、結構大きなくしゃみをした。あれ、なんか頭もぐらつく。
「はっくしゅん!」
 その途端、手にしていた赤のドレスがハンガーからスルッとずれてばさりと床に落ちる。フリルたっぷりのスカートが床に広がってまるで血だまりみたいだとくらりと揺れた頭で思う。
「おい、アリス――」
 お前、風邪気味なんだからと言いたそうな火村が振り向き、ずるずると床に座り込んだ私を見て、慌てた様に私の前に膝をつき、額に手を当てる。
「馬鹿! お前、熱が――」
 火村の叱りつける声を無視して、私は床に広がった血の海のようなドレスを指した。指が震えて、声が掠れていたかもしれない。それは半分は風邪のせいだが。
「これ、血やないん?」
「え?」
 今、気が付いたという顔で火村が赤のドレスに視線を送る。床に広がる赤のドレスの胸の辺りの白いレースは赤黒く変色していた。良く見ると、赤の生地部分にも血が付いてるようだし切り裂かれたような布の様子も見える。
「――ああ、血みたいだな。お手柄を褒めたいが、今はまず休め」
 一瞬だけ、どっちを優先するか迷ったような顔をしてから、火村は立ちあがり船曳警部と鑑識さんを呼ぶために、居間へと向かった。戸口で説明しつつ、戻ってきた火村は、そんな訳でこいつを送ってきますと船曳警部に断ってから私に肩を貸して立ちあがらせた。私はくらくらする頭を押えながら警部に頭を下げる。
「すんません、警部。逆に迷惑かけまして……」
「いやいや。お手柄ですから水に流しましょう。暖かくしてて下さいよ。お大事に」
「寝かしつけたら戻ります」
 では、と火村に肩を支えられてよろよろと歩き、現場を後にする。多少ふらふらするものの、何とか歩けるのが幸いだ。これで本気でぶっ倒れでもしたら、呼んでもらってる警察の皆様にも火村にも迷惑を掛けてしまう。森下刑事が心配そうに後からついて来て、火村の投げた車のキーを受け取って、ベンツの後部座席を開けてくれた。
「どうせすぐだが、寝とけ」
「悪い」
 気にするな、と火村が苦笑して、私を後部座席に転がし、森下君からキーを受け取りベンツの運転席にするりと乗り込む。
 油断するんじゃなかったな、と反省しながら、私はうとうとと眠りの国に旅立った。

 +++++

「全く無茶しやがって」
 よいせ、という声と共にふわりと身体が浮いた感覚に、ぼんやりと目を開ける。
 おぼろにしか自覚できないが、どうやら私は火村に抱えられているらしい。車の鍵を掛けなかったようだが、どうせおんぼろベンツは年代物過ぎて盗るようなもの好きはいないし、私を抱えながらの施錠はどだい無理だったのだ。
「降ろせ、て」
「黙ってろ。バカ」
 誰が馬鹿やねん、と言う気力もない。頭がガンガンする。火村は重いだろうに私を抱えたままずかずかと大股でマンションのエレベーターに進み、ボタンを押すとすぐに箱は開いたようで中に乗り込む。するすると上昇する箱がチンという音と共に開けば、私の部屋はすぐだ。
 一旦、ドアの前で私の足を床に下ろし、私を壁に寄りかからせるようにしてから、火村は自分のジャケットから合鍵を取り出して鍵を開けてくれたので、私は壁に手を突いてなんとか立ち上がり火村の手を待たず玄関に入った。スニーカーをもどかしく脱いで、ふらふらとジャケットを脱ぎ、寝室に向かう。
「勝手に薬探すぞ」
「悪い」
 ほんとに勝手知ったるというか。私の部屋の居間の棚をがさごそしてるような音がして、やがて冷蔵庫を開ける音も聞こえてきた。ああ、スポーツ飲料買っておいて良かったな、と思う間もなく、開け放していた寝室の戸口にぬっと火村が姿を見せる。
「解熱剤と風邪薬飲んどけ」
「ありがとな」
 薬を受け取ろうと手を伸ばすと、軽く首を振られた。何だ? 薬じゃないのか? 意味が分からなくてぼんやりと見上げると火村はベッドの傍に腰を下ろした。
「先にこっち」
 あーんと言われて、なんだろう? と首を傾げるとスプーンが差し出される。中身はプリンのようだ。ああ、そういえば貰いものがあったっけと納得して口を開けた。きっと空腹で薬を飲むと胃が荒れると思ったのだろう。こういうとこ、ほんとコイツはマメだな。
 プリンをもぐもぐと食べ、頭痛薬を口に含むとスポーツ飲料を渡されて飲み込む。続いて風邪薬を飲むと、スポーツ飲料の蓋を閉めた火村が、ごそごそと布団の中へ手を入れてきたと思ったら、カチャカチャと音がしてベルトを外された。
「本当は着替えさせたいんだが、とりあえずこれで我慢しろ」
「……うん」
 ちょっとだるすぎて着替えるのも面倒なので、それでいい。くったりしている私に布団を掛け直し火村は額に手を当てた。
「熱いな。計っておくか」
 ごそ、と脇の下に体温計が差し込まれる。一分計なので、すぐに結果は出た。三十八度八分かと呟く火村の声に発熱かぁと他人事のように思って目を閉じる。その間に、火村はまた勝手に棚などを探したらしい。
 前髪を掻き上げられたと思ったら、えらく冷たい感触が額に触れた。買い置きしていた冷却ジェルシートが額に貼られたようだ。
「大人しく寝てろ。ちょっと現場に戻って話聞いてすぐ帰って来る」
「すまん」
「気にするな」
 私の頬を軽く手の甲でこすって、火村は立ち上がり様、毛布を肩まで引き上げてぽんと軽く叩いて出て行った。
 行かないでくれだなんて弱い言葉は言いたくない。どうせすぐ帰って来るだろうし、私のすっからかんな冷蔵庫の中身では雑炊も作れない気がするので、どの道、買い出しもついでに行くのだろうから足手まといの私は大人しく留守番しなければ。
 ああ、熱が早く下がりますように。ただそれだけを祈りながら、私は目を閉じた。


<中略>

■R18部分もちょこっとサンプル。
「んー? もしかして、俺のコレで啼きたい?」
「言わせる気ぃやの?」
 コレと言いながら、俺の勃起したモノをアリスのお尻にこすりつけて挑発すると、ずっこいわ、と震えた瞼がゆるりと開いた。もの言いたげな琥珀がキリッと後ろを振り返って睨む。衣装のセーラー服がやたら格好良く見えたのは錯覚かな。
「言わせたい」
「察しろや」
「言えよ。普段、言わないんだから。可愛くおねだり」
 ちゅっ、と首の後ろに吸いつくと、抗議するようにアリスは鎖を鳴らした。もう目を閉じろと言っても聞かないだろうから今度はその不満そうなきつい瞳を鑑賞しようか。
「っこの!」
「こら、強く引っ張ると手首に手錠の跡が付く」
「誰のせいやっ!」
 そりゃ俺のせいだな。鎖のせいで行動範囲の狭いアリスが鎖を引っ張り地団太を踏むのが可愛くて、後ろから抑え込むように抱き付いた。太腿に這わせた手をスカートをまくりあげるように撫で上げ、パンティをずらして辿りついた奥に指を一本だけ忍ばせた。くちくち、と動かす指に、アリスがじれったそうに抗議する。
「へーんーたーいー」
「知ってる」
「なんやねん。もーう!」
 じゃらじゃらと鎖を鳴らし、むーむーと唸って、それから。はーぁ、とアリスは溜息ひとつ。
「なんで俺、こんなのに惚れとるんやろ」
「俺に甘いアリスが大好きだぜ?」
「やかましいわ!」
 くそぉぉぉぉ、と一声吠えて、いいからもぅ! とアリスが唸る。
「てめぇのくそデカいブツをとっとと入れろボケ! んで、鎖外せ!」
「……可愛くない」
 そんな乱暴なおねだりは聞けないな、とローションで濡らした指を二本に増やして、ぐちゅぐぢゅと掻き回す。わざと前立腺をカリと引っかくようにすると、アリスの腰が指を追って突きだすように揺れるので指が届かなくなるように引き抜いて穴の出入り口を広げて弄る。もう一度ローションを継ぎ足してぬぷぬぷ抜き差しすると、ひくひくと欲しがる場所が震え、前かがみになったアリスが観念したように唇を開く。
「うーうーうー……っ、くそ、その、あ、あれだ……お前のチンポ突っ込んで……ゴリゴリこすって……えぇと、イイとこ突いて、俺に……ザーメン……いっぱい注いで……そんで……そんで」
 はふ、と一旦息継ぎをしたアリスが、頬を染めて目を伏せ、視線を合わせないように後ろを振り返る。
「俺を……孕ませて?」


サンプルここまで。これもまた全部で十四章まである事件もの
風邪ひきアリスが手がかり見つけたり、お仕置きプレイされたり、ゴスロリ着たりする話。
オリキャラも少し出張ります。エロも多め。

この先は、本編でお楽しみ下さい。
BOOTHで自家通販受付中。匿名配送only→こちら(別窓)
再録集の方は書き下ろしがあまり多くないのでサンプル短くてすみません。
目次はこんな感じ
一、出さない手紙(アリス視点)
ニ、彼は視線で訴える(アリス視点)(再録)
三、書けない手紙(アリス視点)
四、それも含めて愛と定義する(再録)
五、影追人に告ぐ(再録)
六、涙色の手紙(アリス視点)
七、見つかった手紙(火村視点)
八、餌付けの方程式(火村視点)
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