ちまちま本舗

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○○しないと出られない部屋 サンプル

原作版 青火アリ(R18) コピー/A5/12P(表紙含)より少々抜粋

■火村英生 視点

「あれ?」
 ここどこや? という不思議そうな声に俺は目を開けた。
いつの間にか寝ていたらしいが、記憶が曖昧だ。ぱちくりと瞬いて視線を向けると、俺の隣には寝転ぶアリスが居る。
「んん?」
 俺は、下宿に居たような気がするが、もしかしてアリスの実家に遊びに来ていたんだっけ、と混乱しながら欠伸を噛み殺し、寝転がっていた場所から、よいせと起き上がる。
 目を開けて見回してみれば、アリスが困惑した理由がよくわかった。ここは彼の部屋じゃない。
「――いつの間に、模様替えしたんだ?」
「ちゅうか、俺の部屋ですらないっちゅうに。間取り、ウチの家とちゃうやんか。……ほんでも、俺、さっきまで何やっとったんやったっけ……?」
 目をこすってから改めて周囲を見回すと、確かにアリスの部屋ではなく、どこかのホテルかと思うような内装の部屋が目に映る。
 中央に自分たちが寝ていたダブルサイズのベッドが、でーんと置いてあるのはラブホみたいだが、そんなところに、二人で入ったような記憶はないし、何より俺たちは、そんな関係ではない。
 しきりに首をひねっているアリスの様子を観察すれば、着ているものはトレーナーにジャージの下だ。北白川の下宿に彼の部屋着として置いているスウェットではないので、彼は実家に居たようだと推測される。
 そして、俺も部屋着だが、着ているスウェット上下は、北白川で部屋着にしているもの。アリスの実家にお邪魔したときには、着たままの服で過ごすのが常だから、俺は移動していないはずだ。
 つまり、アリスは実家に、そして俺は北白川の下宿にそれぞれ居たはずが、気がつけば、アリスと二人で見知らぬ部屋に移動していた、ということになる。
 自発的に移動した記憶は無いから、訳がわからないし、アリス同様、俺も自分が直前まで何をしていたのか、はっきりとは思い出せない。
「テレビに、ベッドに、電気ポットにお茶セット、電話、机にレターセット、えーと、こっちのドアはトイレか。ちゅうことは、こっちは……風呂やな。そんでもって、出口らしいドアだけ、鍵でもかかっとるらしい」
 アリスは、あちこちのドアを開けて俺に報告しながら、確認していく。トイレや風呂へ繋がるドアはすんなりと開いたが、彼が最後に手を掛けたドアだけが、ガチャンと重そうな音を立てて開閉を拒んだ。
「ちゅうか、このドア、内鍵も鍵穴も無いのに開かんとか、どういうことなんや」
 ガッチャンガッチャンと出口ドアと格闘していたアリスが、ふとドアノブから手を離し、今度は軽く握った拳でドアを叩く。コンコンとノックの音が響くが、向こう側には誰も居ないようで返事はない。
「誰もおらんのかな……? もしもーし」
「どちら様? って、聞いてくれるならいいけどな」
「ノックノック・ジョークでもええから、開いて欲しいとこやな」
 ノックノック・ジョークとは、英語圏の言葉遊びだ。ノックの音を聞いて、相手の名前を訪ね、相手が返した名前に対してダジャレで返答するというもの。
 まあ今回はドアの向こうには誰も居ないらしいので、ノックも空振りで終わった。
「もしくは、あれや。子狐がおつかいに来て、むこうからドアが開くかもしれへん」
「『手袋を買いに』かよ。残念ながら、渡す手袋も見当たらないのに、それは無いだろ」
 今度のネタは、新美南吉の児童書だ。子狐が手袋を買いに里へ降りるメルヘンな話だが、見る限り、この部屋は無機質でメルヘンチックな展開とは程遠い気がする。
「とりあえず、鍵穴も見当たらないというのが不安だが、俺たちを閉じ込めたところで、利益があるとも思えないよな」
 何しろ、ただの大学生なのだ。親が資産家とかでもない。誰かにとっての、都合の悪そうなものを見つけた覚えもない。
「このドアは、フェイクなんやろか?」
「その可能性はあるな。……もしくは、お前の名前に絡んで、何か食べたら小さくなってドアをくぐれるとか」
「不思議の国のアリスやないっちゅうの」
 アリスという響きの名前を子供に付けた、彼の親御さんの真意は知らないが、ここに来た経緯も常識はずれなのだから、そんな突飛なことがあってもおかしくはないかもしれない。
「ちゅうか、出られんとなると、ご飯に困るな」
 クッキーやせんべいでも無いかな、とアリスは机の引き出しやら冷蔵庫を開けて回るが、めぼしいものは見つからないらしい。
 俺は念の為に、床の高さに小さなドアが無いかどうかを、ざざっと目視してから、目に止まったリモコンを取り上げてテレビを点けてみる。
 てっきり民放が映るだけだろう、と思っていたのに、画面には意外な文字が踊っていた。音声は無音で、音量を上げても変化はない。
「おい、アリス。こういうことらしいぜ?」
「なん――……ハァ!?」
 なんじゃこりゃ、と呆れたような声を出したアリスに、うんと頷き、俺は同意を示した。なんだこれは、と言いたいのは俺も同じだ。
【指示に従わなければドアは開きません】
【条件クリア1:キス】
 画面には、そんな言葉だけが表示されているのだ。
『いやいや、待て待て。キスってもしかして、唇のほうに?』
 そう思ったのはお互いだったらしく、ちらりと横目でお互いを見た視線が、ばっちりかち合った。
「キスやて」
 そう告げたアリスの声が、あまり動揺していなかったので、自分一人がドキマギしているのが恥ずかしくなった俺は、気取られぬように平静を装った。
「ふーん」
「いや、ふーんて……君、涼しい顔やな」
 実際は、三秒前まで、内心でものすごく慌てていたとは言えない。というか、アリスの横顔を見ていて思いついた。キスの場所までは明確に指示されていないのだ。ここは適当に、頬とか額にキスをしたらいいのではないだろうか。
「どこに、と指示されてないだろ。――なら、ここでいい」
「わ!? ……って、おでこやん」
 ぐい、とアリスを引き寄せて、その額に俺は自分の唇を当てた。すぐにそっと唇を離してやれば、アリスはちょっとだけ不満そうにしながら、そおっと手で俺がキスしたあたりの肌を撫でる。
「うるさいな。……従ったんだから、これで開くだろ」
 変な部屋からとっとと出て、北白川の下宿でいつものようにまったりと過ごそう。そう思っていたのに。
【唇でないと開きません】
 天井から、機械の女性音声が響き渡った。思わず揃って天井を見上げた俺達が、視線をもとに戻せば、再びアリスと視線が絡む。
「指定されちまったな」
「なぁ、唇限定なん?」
 この部屋の管理人だか何だかに向けて、天井を見上げて発したアリスの言葉に、再び音声が流れる。
【唇同士のキスでないと開きません】
 問いに対してのレスポンスが早い。ということは、この部屋は、俺達の動向を監視している可能性が高そうだ。
「どっかで監視してるのか? 悪趣味な」
「隠しカメラとかあるんちゃう?」
「そうだな」
 ざっと見回した限りでは、カメラのようなものは見当たらないが、丹念に探し出せば見つかるかもしれない。そこから何か、この部屋についての謎が探れるなら、探す価値はある。
「ふむ。アリスはそっちを調べてくれ。俺はこっちを調べる」
「了解」
 手早く調べるために分担指示を出したのだが、天井からまた無粋な音声が降ってくる。
【さっさとキスしないと、部屋ごと爆破します】
「えええ」
「物騒な」
 二人して天井に苦情をたたえた瞳を向けるが、ここからは相手の様子が分からない。一方的に見られているだけというのは、何とも不快だ。
【爆破までのカウントダウンを始めます】
「融通がきかない上に、急かすとは、失礼な部屋だな」
「しゃあないな。ほな、俺は目ぇ閉じとくから、ぱぱっと終わらせてくれ」
「ムードもへったくれもないじゃないか」
「やって、俺相手やで? 君の好きな子相手ならともかく、俺はちゃうやろ」
 こんなとこで死ぬのはごめんや、とアリスは、少しこちらを見上げた状態で静かに両目を閉じる。軽く突き出したキス待ち顔は最高に可愛かったが、いやそうじゃない、と俺は頭を抱える。俺が好きなのは、今、目の前でキス待ち顔を晒して居る彼なのだから。
「馬鹿か、アリス。俺にとっては違わないから、ムードを求めてるんだろうが!」
「は?」
 ぱち、と目を開けたアリスが見たものは、据え膳を前にして葛藤している俺の情けない姿だっただろうが、とにかく俺は一旦、横を向いてよろりと足を踏み出した。
「とりあえずマナーとして、先に歯を磨いてくる」
 昼飯は何を食ったっけ? と回らない頭で考え、臭うようなものは食べてないはず、と思ったところで、背後から慌てた声が響いて、俺の袖口をつんと軽く引かれる気配。
「あ、え、あ、あの、まっ、待って。お、俺も」
 ドクン! 心臓が口から出そうなほどに鼓動を打ち鳴らす。どくんどくんと血流が勢いよく流れて、ごくりとつばを飲み込んだ。俺もってなんだ、俺もって!


サンプルここまで。何しろ12pと短いので……。
キスと兜合わせ程度で本番は有りません。
100円なので気が向いたらよろしくお願いします。

この先は、本編でお楽しみ下さい。
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