ちまちま本舗

オフライン案内所

サンプル

原作版書下ろし本(R18) オフセット/A5/88P(表紙含)より数点抜粋

■火村視点(第一章より抜粋)

「じゃじゃーん! 俺はセンセの幼妻やで!!」
「は?」
 突然、玄関先で手を上げて元気な声で宣言されて、当然ながら俺は困惑した。今日はエイプリルフールだっただろうかと振り返って壁のカレンダーを見たが、入学式だった四月一日は既にマジックで日付が消されていて、今日は隣の二日だったので視線を元に戻す。
 にこにこと嬉しそうに俺を見上げる相手は、まだ高校生くらいにも見える。明るめの茶色の少し長めの髪の毛に、茶色の瞳。首にはカジュアルに細い革紐に黒い石の付いたチョーカーの紐を二重に巻き、春らしくパーカーを羽織り、オフホワイトのハイネックニットに色の褪せたジーンズ。身なりはそう突飛ではない。ごく普通の子みたいだが、初対面の人間に向かっての第一声があれでは先が思いやられる。
「それはさておき、君はこの家に何の用だ」
「やから、今日からここの下宿にお世話んなる有栖川有栖です。よろしゅうたのんます」
 ぺこりと頭を下げたので、ああなんだとやっと合点がいった。
「話は婆ちゃんから聞いてる。俺が先輩店子の火村だ」
 最初は、うちの大学に進学する知り合いの子が、近隣の賃貸物件が埋まってしまい困っているという話だったはずだ。それなら少しの間だけでも元下宿だった部屋を貸そうかと、ここの大家である篠宮時絵は相手に申し出たという。店子の俺としては、婆ちゃんが決めたことならと了承し、向こうもまた了承したらしく、ダンボールが三箱ほど運ばれてきたのが昨日。そして、本日は本人が来たわけだが、了承した婆ちゃん自体が事情があって今は不在だ。
「俺も、遠くてもええから探すって言うたんやけど、なんや勝手に周囲が決めてしもて。センセかて、独身男やし、一人を満喫したかったんやない?」
 にこにこと人懐こそうに聞いてくるから、こちらもにやりと笑った。
「否定はしないな」
「まあ、独身男がひとりで年代物の下宿住まいってなると、あんまり女性ウケは良くなさそうやけども――あいてっ!」
「一言余計だ」
 ぺち、と軽く額を叩いた俺に、相手はにっこりと自らを指さして笑う。
「せやから、可愛い幼妻の出番やんか」
「名前はさておき、君は男の子だろうが」
 婆ちゃんが、「アリスちゃんがねぇ」と新しい店子のことを呼ぶので、もしや女の子を同居させる気かと思って確認したら、性別としてはちゃんと男だという。だから、幼妻という表現はどうかと思って苦笑すれば。
「ああ、なんや……誰も言うてんなかったんやな」
 なーんだ、とつまらなそうに彼は唇を尖らせた。そして、こちらを見上げて、ふわりと笑う。
「俺は男やけどオメガやねん。よろしく、未来の旦那様」

 * * *

「初対面の挨拶にしては随分だと思うんだが」
 流石に玄関先で問答してるのもどうかと思うし、下宿の新しい店子であるのは間違いないようなので、彼を居間へと通し、とりあえずソファに座らせてインスタントコーヒーをふるまう。この下宿で飼っている瓜太郎、小太郎、桃の三匹の猫たちが、この新人は誰だと挨拶しに来て、すんすんと代わる代わる匂いを嗅ぎ、順番に撫でられている。
「会ったのは二度目……ああ、センセが俺を覚えてへんのはしゃあない。俺らが出会ったのはちょい古い話やしな」
 さらりと何でも無いことのように言った彼は、改めてよろしくと言いながら猫たちから手を離して湯気の立つコーヒーに砂糖とミルクを入れているが、俺はまだ腑に落ちない。くるくると表情が変わって可愛らしい印象の子だが、俺は過去に彼に出会ったという記憶が本気で無いのだ。
「古い話ってのはどのくらい前なんだ?」
 自分のコーヒーを手にしてソファの対面に座り、構えとやってきた猫たちを俺もまたじゃれつかせつつ聞き返す。
「ん? ……小学生やったもん、初対面の時」
「は? え? 俺が小学生の時?」
 古いというのはそんな昔の話なのかと聞き返せば、彼はふるふると首を振る。くるりと混ぜたティースプーンがカップの縁に当たって耳障りな音を立てた。
「ううん。センセはもう大きいお兄さんやった。その時俺が小学生。――ねぇねぇ、センセは今、英都大の准教授なんやろ? すごいな!」
「お褒め頂き恐縮なんだが、えぇと有栖川君。大事なことだからちょっと一点だけ確認したい」
 猫舌のために卓上に放置中のコーヒーを横にずらして、背筋を伸ばして両手を組む。こちらが真剣な顔をしたからだろう。彼もまた背筋を伸ばして抱えていたコーヒーを置いた。
「はい」
「さっき、君はオメガだと言ったな。俺がアルファなのは知ってて来たのか?」
 男と女という二つが性別の全てだったのはもう相当過去のこと。現在は、男女ともにそれぞれアルファ、ベータ、オメガという区別があるので性別は六種類に増えている。全ての人類は中学生くらいにバースチェックという検査を行う義務があり、それによって六種類の性別に分類されるのだ。
 一番人口密度が多いのはベータというごく普通の性別。ベータは一般的であるがゆえに、特殊な能力などは他の二つに比べるとほぼ無いと言っていい。一番楽な性別とも言われている。
 アルファというのはベータよりも優秀な人間が多いと言われ、その人口はベータより少ない。優秀であるが故に高学歴なものも多いが、オメガの発情フェロモンにだけは本能的に抗いにくいという弱点がある。
 最後のオメガは一番人口が少ないが、三ヶ月に一度程度の発情期があり、男でも子供が産めるという特性がある為に、アルファに狙われやすい。発情期にオメガが出すフェロモンは周囲のアルファを誘い、レイプ事件を引き起こしてしまうためだ。だからオメガは発情時期には国から支給されている抑制剤をきちんと飲む義務がある。飲んでいない場合にレイプされても文句は言えないという訳だ。
 ただし、特定のアルファに項を噛まれたオメガは、そのアルファと番と呼ばれる関係を結び、むやみに発情フェロモンを振りまかなくなるし、アルファも番を作ればその相手にしか反応しなくなる。しかし、これも突然の発情に薬が飲めぬままに近くに居たアルファに襲われて許可なく勝手に項を噛まれて番にさせられてしまったり、アルファが飽きてオメガを捨ててしまうようなこともあるという。
 ちなみに俺はまだ番を持っていないフリーのアルファだ。だから、もし彼が発情したら、そのフェロモンに逆らえるかどうかは分からない。
「抑制剤は欠かさず飲んどる。抑制チョーカーも付けてるし迷惑はかけへんよ」
 首のチョーカーをひょいと指す仕草に俺は頷いた。今どきの若者らしくカジュアルに細い革紐を二重に巻いて黒い石を付けてるだけだが、こんなに細くても項側は強化加工されていて項を噛まれにくいという効力がある。さらされた項をよく見るとうっすらとアザのようなものが見て取れたが、番の刻印ならばもっとはっきりとした歯型が刻まれるので、これはただのアザだろう。
「ならいい。でも、もしもおかしいなと思ったらすぐに緊急用の薬を飲むようにはしてくれ。俺の方もフェロモン抑制剤はちゃんと三ヶ月に一度飲んでるが、ヤバそうなら逃げる」
 アルファにも繁殖フェロモンというものがあるのだ。アルファのフェロモンは周囲のオメガの発情を強烈に促すと言われるが、この効果は個人差がある。幸か不幸か俺はこの効果がかなり高かったらしいのだが、院生の頃に一度ぶっ倒れて三日三晩高熱にうなされた後は、すっかりと落ち着いて、今は定期的に抑制剤を飲めば抑制効果が持続する程度になっている。その三日間に何があったのかも高熱のせいか記憶はないが、きっと寝込んでいたか病院に居たかどちらかだろう。
「うん。ただし、リミットが来たらその時は俺の質問に答えをちょうだい?」
「何を答えろと?」
「俺がここにおる間に、俺がセンセのおメガネに叶うかどうか、かなぁ」
「なんだそりゃ。押し掛け助手にでもなろうってのか?」
「あっ、それええなぁ! 幼妻もええけど、助手って格好ええ響きやし!」
「馬鹿。今のは言葉の綾だ。今のとこ、妻も助手も募集してないから諦めろ」
「えー、いけず!」
 むぅとむくれた頬が柔らかそうでふにふにとつついてみたくなったが、年下の子とはいえ俺は大学生相手に何をやってるんだと頭の隅で冷静な自分が突っ込みを入れたお蔭で実行に移さずに済んだ。
「で、歓迎パーティーの予定が婆ちゃんの予定が狂ったんで今夜は外食でもいいかな? 有栖川君」
「その呼び方嫌やわ、堅苦しいやん。有栖って呼んでもええよ」
「……じゃぁ、名字の省略でカナのアリス」
「名前呼び捨てでええっちゅうとるのに、そこで名字かい」
 すかさずツッコミが入るのは大阪人らしい。かと思えば、不安そうに眉毛が下がった。
「ちゅうか、娘さん無事やったんかな?」
 婆ちゃんこと篠宮時絵には娘さんが居る。結婚して家を出ているのだが、第二子の妊娠中に早産の危険だか何だかで入院を余儀なくされたと今朝電話が入り、上の子供の面倒を見るのに急遽出向いた婆ちゃんは今、ここに不在なのだ。
「とりあえずは安静にってことで、容態は落ち着いたらしいけど、上の子の世話のほうが大変だからな。こっちはもう大人で下宿のことは出来るから、気兼ねなく孫の世話をしてくれと言っておいた」
 そんな理由で本日は二人きりなのだ。
「大丈夫そうなら良かった」
 はんなりと微笑み、アリスはおもむろにスマートフォンを鞄から取り出す。
「京都のグルメっと……いろいろあんなぁ」
 わー悩むぅ、とか言いながら画面をスクロールしている手が止まらないので、ジャンルも絞りかねているらしい。
「観光ならおばんざいとか湯豆腐とか湯葉とか勧めるが、食べ盛りの青少年にはそんなもんじゃ物足りないだろ。焼肉か鰻にでもするか」
「はいセンセ、俺、鰻がいい」
「ちゃっかりしやがって」
 まあいい。今日は歓迎パーティーの予定が潰れた分だけの予算ももらっていることだし。
「ちなみに、お前、料理は作れるか?」
 明日以降は、婆ちゃんが帰ってくるまで少なくとも朝と夕は自炊になるのだ。俺が夕飯の時間までに帰れない時には彼に料理を担当してもらうこともあると思って聞けば、こくりとアリスは頷いた。
「手の混んだのは無理やけど、一応は作れる」
 カレーとかシチューとか肉じゃがとか魚の煮付けとかと並べていく料理名が全て煮物で笑ってしまう。
「そうか。それなら俺が作れない時は頼むな」
「任しとき! レシピ動画のアプリも入れてんねん。これ見ながら作るわ」
「現代っ子だなぁ」
 俺の時には料理本しか無かったぞと言えば、居間の片隅のマガジンラックを指して、あれでしょとアリスは微笑む。「はじめての和食」とか「はじめての洋食」とかの料理の基礎から写真多めで書かれた料理本だ。
「そうそう。あとは、婆ちゃんに直接教えてもらった」
「ええねぇ。婆ちゃんにはまだ俺、数回しか会うてへんけどおばんざいが得意って言うてたし、戻って来るんが楽しみやわ」
 思いを馳せるように柔らかく笑うアリスに、三人で囲む食卓を思い浮かべて、ああと答えた。



--中略--



 ガサガサ、ザワザワと草をかき分けているような幻聴を最初に知覚する。続いて、自分が誰かを追って走って走って息が切れそうなのも理解した。
『ああ、これは夢だ』
 そう心の何処かが自覚しているのに、夢の中の自分は止まらない。昏い昏い森のなかで眼の前を逃げていく黒い影を追いかけて森の中を走る。その手には月光に閃くナイフ。
『こいつを殺さなければ』
 夢の中の俺が叫ぶ。止める者は誰も居ない。
『殺しては駄目だ。生かして利用しろ』
『いいや、殺せ。こいつは許せないことをした』
 相反する二つの感情が自分の中に渦巻いて苦しさが募る。こいつは敵だということしか分からないし、相手の姿は黒く塗り潰されて性別すらも分からない。
「っ、う」
 走って走って、伸ばした手の先が相手の衣服を掴み、地面に黒い影を押し倒した。はあはあと息を切らしたままで、右手に持つナイフを振り上げ――。

「うっ!?」
 不意に妙な感覚が自分の身にもたらされた。ぺろぺろと舐められているのは、自分の下半身のようだ。腹の中に渦巻く殺意が急速にかき消えて、冷たい光を放つナイフが消え、霧のかかった昏い森が消え失せ、あっという間に周囲の景色が一変する。
「な、なんだ!?」
 白いベッドと、ピンクのカーテン。そして、俺に奉仕しているのは、何故か猫耳の生えたアリス。
「センセいっぱい出してな?」
 ちろちろと屹立を舐める舌先がくすぐったいやら、興奮するやらで――。



「っ!? ――な……にしてんだ、お前!?」
 がばっと布団を剥げば、にゃあと抗議して逃げていく猫たち。いや、それは問題じゃないが、問題なのは俺の股間で何故だか俺の息子を舐めているアリスだ。
「んむ……おふぁよ」
「あ、ああ、おはよ……じゃなくて、コラ」
 勃起したペニスからのんびりと口を離して、眠たげにこちらを見上げる彼につい突っ込んだが、アリスは気遣わしげに眉をひそめた。
「うなされとったけど大丈夫?」
「え、あ、ああ、……平気だ」



--中略--



「もしやロマンチストなアリスちゃんは、この再会こそが運命とか言い出すんじゃないだろうな」
 幼い頃の記憶は特に美化しやすい。押し掛け幼妻を夢見る子はその手のロマンチストに違いないと思ってからかえば、アリスはすっとジト目というか半目というか、死んだ目をして箸を握り込んだ手でだんっとテーブルを叩く。
「運命なんぞ、くっそくらえや!」
「うお!? びっくりした……ああ、ちゃんと現実見てるんだな。――すまない。今のは俺が言い過ぎた」
 普段はふわふわほわほわした雰囲気のアリスの周囲におどろおどろした不気味な影が見えた気がして、うかつなことを言ったと謝れば、ハァァと重そうなため息をつかれた。
「中学に上がった頃から延々、幼馴染のアルファに言い寄られて断ったらストーカーしやがって。そんなんされてりゃ、人間の口から出る運命なんて言葉なんぞ信じられへん」
 ぐったりと卓に突っ伏すように身体を傾け、タレの小皿に彼の髪の毛の先が浸りそうになったので、慌てて小皿を遠ざける。
「そりゃ災難だったな。たまに居るよな。運命だって決めつけてオメガを追い回すヤツ」
 アルファとオメガには運命の番というものがある。その絆は強力で、出会ってしまえば必ずお互いを求めてしまうのだとか。それがお互いにフリー同士ならば何の問題もないのだが、一度番関係を結んだものを解消出来るのは基本的にアルファだけなのだ。運命の番を見つけたからと番解除して別のオメガに乗り換えたとなると捨てられるオメガが発生する。ただ単に不倫の言い訳だという意見もあるし、運命の証明や根拠が目に見えるものではないので都市伝説みたいなものだとも言われる。
「せやねん。この下宿やったら、何かあったらセンセが守ってくれるしと思うて、父親を説得してやっとヤツから離れられたわ」
「ああ、アルファの縄張りをバリアにしたのか。ちゃっかりしやがって」
 犬猫ではないが、アルファにも縄張りというものがある。アルファの総人口が少ないのもこれが理由の一端ではないかと言われているが、とにかく、強いアルファほど自分の住居周囲に他のアルファを牽制しているバリアのようなものがある。これはオメガには効かないが、アルファ同士は縄張りが分かる。自分よりも強そうな相手が強固に守りを固めている縄張りにはうかつに近づけないのだ。
「いひひ」
 清々したという顔でにんまりしたので、余程うざかったらしいな。幼馴染ならば家も近かっただろうし、撃退も大変だっただろう。



--中略--



「ほんま? おおきに! あっ、せや! 誕生日プレゼントええの思い付いた!」
 ぱぁっと喜色を浮かべたアリスに、甘やかしたのはまずかったかと後悔してももう遅い。
「……なんだよ」
「マーキングのキスマーク付けて! 首のあたりに!」
 アルファがオメガと恋人状態で、まだ番になってない時にオメガによく施すのがマーキングだ。これは、このオメガは俺のものという意思表示で他のアルファ避けにもなる。ただし、他のアルファのほうが強い能力持ちの場合は簡単に書き換えられてしまうくらい効力は弱い。番という程の強い絆ではないからだ。
「……つまり、歩く縄張りを作れと?」
「あはは。歩く縄張りっておもろいな。――まあ、そんなとこ。センセには迷惑かけへんから一回だけ!」
 対面に座っていたアリスが、箸を置いて俺の隣にちょこんと座り、自ら首のチョーカーを外そうと手を掛けたのでやんわりと押し留めた。
「こら、そいつは外すな。というより、キスマークはまだ早い。ものには順番ってもんがあるんだよ」
「じゅんば……んぅ!?」
 ちょいちょいと手招いて、きょとんとこちらに寄ってきた彼の顎に手を添えて半開きの唇を自分の唇で塞いだ。ぬるりと舌を差し入れて、歯列をなぞり、驚いて引っ込めた彼の舌を追って軽く吸い上げる。
 最初は固まっていたアリスは、キスに慣れてないようで、ぷるぷると震えた手でトントンと俺の胸板を二度叩く。
「……ああ、悪い」
「っぷは! はぁ……はぁ……はぁ……う、嬉しいけど、息苦しい」
「こういう時は鼻で呼吸するんだよ」
「うっ……いやでも、あんな近いと鼻息が荒いのバレる」
 ぶっ、と吹き出したのはアリスに失礼だったが、彼はそんな俺にめげずに身を乗り出してきた。
「センセ、練習や、練習」
「馬鹿、ちょっと待て。肉が焦げる、肉が」
 弱火で放置していた肉が焦げ付きかけていたので慌ててコンロの火を切る。
「お子様には、これで十分なマーキングになる」
 ちゅっと唇だけを重ねた口づけをもう一度だけして、ポンと肩を叩く。
「ほら、時間制限が終わっちまうぞ。来月またマーキングしてやるから、今は飯に集中しろ」
「……へへ」
 ちゅーしちゃった、と小さく嬉しそうに呟いたアリスを見なかった振りをして、俺も皿に放置して冷え切った肉を口に放り込んだのだった。



--中略--



■アリス視点(第ニ章より抜粋)

「っ、はぁ、はぁっ、はぁっ」
「た……すけ……て」
 入ってきたというよりも、ドアに身体がぶつかってずれたら戸が開いて倒れ込んだような感じで引き戸のレールを跨いだのは息の荒い男と、熱に浮かされたような女の子。切れ切れに助けを呼ぶ声よりも、オメガの発情特有の甘い香りにああと状況を理解した。
「薬打てんかったんか」
 それならば自分の抑制剤を打ってあげようと近寄ったのだが。
「ち、が……う」
 オメガが突然の発情で薬が打てずに襲われたのかと思ったのに、彼女はころりと手に持っていたものを床に落とした。その腕には真新しい注射跡。落とされて足元に転がってきたものはこういう緊急の場合にオメガが発情を抑えるために打つ緊急抑制剤のペン型注射だ。私もチョーカーというストッパーがあるとは言え、いつ発情するか自分自身も分からないので、ペン型注射と助けを呼べるスマホだけは肌身離さず持ち歩いている。
「打ったのに効かへんって……まさか」
 アルファの個体によっては繁殖フェロモンというものを撒き散らすこともある。これは、周囲のオメガを半強制的に発情させてしまったり、発情時期を早めてしまう効果がある。この繁殖フェロモンは自分で上手く制御できないアルファが多いので、アルファも毎月抑制剤を飲むのがマナーとされているのだが、アルファ覚醒したばかりだったり、変えた薬が合わなかったりでたまに暴走するアルファがいるのだ。
「マジか」
 自分自身が、この繁殖フェロモンのせいでバースがオメガに傾いた為、本能的に私はこの能力が嫌いだし、暴走するアルファを目の当たりにすると未だに身体がすくむ。咄嗟にチョーカーの石を手で探って、無事に首元を飾っていることを確認してから、どうするべきか考える。
「と、とりあえず、逃さな」
 オメガである私は、オメガ用の薬しか持ち合わせがないから、女の子を引き剥がすくらいしか出来ることはない。オメガ用の抑制剤を二倍打った所で意味がない。アルファの出す繁殖フェロモンの発生を止めなければ、この状態では薬が効かないからだ。
「っくそ、離せ! うう、この馬鹿力めぇ……っ」
 女の子は既にすっかり発情してしまって、赤い顔でぐったり脱力している。なんとか被害を最小限にしたくて彼女の腕を引っ張るが、男が組み付いているし、私も間近で漂うフェロモンに当てられて、手が震えているのでなかなか剥がせない。びりびりと彼女の服を引き裂き始めた男が邪魔だとばかりに私を突き飛ばし、背中をコピー機に強かに打った私は、くの字に体を折ってズルリと床にへたり込む。
「いってぇぇ」
 やはり興奮しているアルファには力では敵わない。しかも開けたままのドアから発情の匂いに釣られたのか別のアルファらしき男女がふらふらと入ってきたり、開いた戸口から見える廊下でもへたりこんでいるオメガらしき子がいるのが見えて、助けを呼ばなきゃ一人では無理だと背中を擦りながら周囲を見回す。
「あった!」
 壁にあるオメガ退避用の緊急ボタンに四つん這いで這って行って手を伸ばし、ボタンを強く押し込む。これは十年前くらいから公共機関の部屋には全て義務として設置しているもので、オメガが襲われていることを知らせるものだ。途端にピロリロピロリロと専用の警報音が鳴り響き、警備員が来るのを待とうと安堵した途端に、足を掴まれて床を滑るように移動させられる。
「ひぇ!? わっ、こら! 何すんねん変態!」
 見知らぬ男が私を攻略対象に決めて引き寄せたらしいが、そうはいくかと私は暴れてうつ伏せから仰向けに体勢を変え相手の目を見ないように注意して股間に渾身の蹴りを叩き込む。
「ぐっ」
「俺に触れてええのはセンセだけやぞ!」
「アリス!」



--中略--



 苦しい。息ができない。くらくらする。身体に力が入らなくて、僕は死んじゃうのかなとぼんやり思って。なにか怖いものが直ぐ側に居ることだけは分かるけれど、その恐怖のもとが何かは分からない。
「おい、しっかりしろ! くそ、こんな小さい子にまで酷いことを」
 舌打ちしそうな苛ついた声が聞こえて、ああこれはあの日の夢かとどこか遠くでぼんやり自覚した。
「なぁ、おい、俺を見ろ。嫌な記憶は消してやるから、こっちを見てくれ。――ああ、いい子だな。えらいぞ」
 寒くて震える身体を撫で擦るようにしながら、僕を抱えたお兄さんがくらくらする場所から離れてくれたお陰で、やっとまともに息が吸えて、ほっとしたと同時にぼろぼろと目に涙が溢れ出す。
「っ、く……うぇ……っ、こ、こわ……こわい……いやや、あれいやぁ……っ」
 もう小学校六年生なのに、僕は混乱と恐怖のあまり幼児みたいにぐずり泣いて、お兄さんはずっと僕を励ますように強く抱きしめて声を掛けてくれていた。この人に抱きしめられていたら怖くはない。それどころか気持ちがふわふわして身体が熱くなる。
「俺もあれは大嫌いだ。俺の傍はもう怖くないだろ。よしよし。よく頑張ったな」
 周囲には倒れてる大人の人たちと、ざわついて取り囲むベータの人垣。それから、警備員さんとかお巡りさんが慌ただしく倒れた人を救助している声が聞こえてきた。担架をありったけ持ってこいと怒鳴っている音声すら怖く感じて、びくっと怯える僕をあやすように優しく背中を叩かれる。
「ああ救助が来たみたいだ。君も検査してもらわなきゃね」
 近寄ってくる見知らぬお巡りさんの姿が急に怖く感じて、僕はお兄さんにしがみつく。
「っ、いやや! こわい!」
「大丈夫。俺もこの分じゃ、君と一緒に救急車で病院に連れて行かれそうだ……はぁ、匂いが凄いな」
 ちらりと周囲を見回すお兄さんの背後には、救急隊員らしき制服の大人の群れ。
「いややぁ! 離れんとって!」
 駄々をこねるみたいに泣きながらしがみつく僕に、お兄さんは苦笑をこぼす。
「ううん……困ったな。じゃぁ、これあげる。これ人質として君が持ってて」
 首に掛けていたネックレスを外して、僕の首に掛けてくれる。ペンダントトップには黒い石が揺れていた。
「ふぇっ……こ、んなん、どうせ……捨ててもええもん、押し付けとるだけやんっ」
 ぐすんぐすんと泣きながら文句を言う僕に、じゃぁ二人で強力な魔法をかけようとお兄さんは石を目の高さに掲げて真面目な顔で告げる。黒い瞳と黒い石が不気味に光った気がした。
「君が大人になったら――」

 なったら?

「――……ゆ、め」



--中略--



■火村視点(第三章より抜粋)

「ねぇ……センセ、勃ってる」
 そろりとアリスの手が俺のモノに触れ、ゆっくりと扱いていく手付きに、ぐらりと思考が揺れた。
「アリス……っ」
「んっ……んむ、んぁ……っ」
 湯が跳ねるのも構わずアリスを引き寄せ、噛み付くように口付けて、舌を吸う。ぶるっと震えた体躯を腕の中に抱き込んで、横抱きからきつく強く抱きしめる。風呂の時でも外してないアリスのチョーカーが、鼻に当たって少しだけ正気に戻った。駄目だ、ここで襲ったら約束が――やくそく……って何だ?
 ああ、アリスが触れてる屹立に神経が奪われて、頭の隅でざわめく音よりも快楽の比率が膨らんでいく。
「おっきぃ……ねぇ、せんせぇ……えっちせぇへん?」
 囁くようなおねだりの声が甘い。微かに柑橘系の香りが鼻をかすめた気がした。
「――太ももだけ貸せ」
 ざばっと湯を掻き分けるようにして二人で立ち上がり、洗い場に移動してお互いの身体をボディソープで泡立てて、手を滑らせて洗うという名のスキンシップが二人の肌を這い回る。
「あっ……そこ、あかんって……んぅ……センセだけ良くなったらええからぁ」
「こういうのは二人で気持ちよくならなきゃ駄目だろ、馬鹿だなアリス」
「んふぅっ! ち、ちくび、嫌や……こしょばいっ」
「じゃ、こっち」
「っや、まって、……っぬるぬるして……すぐイってまう」
「っはぁ……後ろ向いて、足を閉じててくれ」
「こ、こぅ……? んひっ!?」
 お尻を両側からぎゅっと押さえて、太ももの付け根にボディーソープで泡まみれの肉棒をにゅるんっと突き入れる。びくっと身体を震わせたアリスは、ずりずりと動く刺激に壁にすがっていた右手を口へ持っていく。
「ふ、っ……う、こ、これ、やばいっ」
「ン……結構いいな」



--中略--



■アリス視点(第四章より抜粋)

「はい。ええ、……なるほど」
 先生が黒電話の受話器を耳に当てたまま、軽く下唇を指でなぞる。下宿の電話はいまだに古き良き黒電話なのだ。スマートフォンがあるから、大抵の電話はそちらにかかってくるのだが、今は夕飯時で食事の途中だったので携帯は部屋に置いていたから下宿の方にかかってきたのだろう。こういう場合、ほとんどが警察の人からの電話だ。
 犯罪を研究している火村先生は、フィールドワークと称して実際に起きた事件を調べるために、京阪神の警察に協力して一緒に捜査をすることがよくある。先生が介入して解決した事件も多く、最近ではちょっとおかしな事件だなとなると警察から電話が入ることもあるから今回もそれだろう。
「睡眠薬……自殺の方法に不自然な点はないんですか?」
 ああ、やっぱりフィールドワークだな。ちらりと私の対面で食事を続ける婆ちゃんに視線を送ると、もう物騒な電話には慣れっこのようで澄ました顔でご飯を口に運んでいる。
「分かりました。ああ、今回はちょっと人数が増えるかもしれません。――では後で」
 チンと受話器を置いて電話を切った先生に、ああまた出かけちゃうのか、と少し落胆しながら視線を流す。今日、もう一度、私の投稿用小説におかしな点がないか、読んで指摘して欲しかったのにな。
「アリス、食べ終わったら出かける準備をしろ。フィールドワークに同行させてやる」
「ふぁっ!?」
 驚きすぎて手にしていた箸がカランと床に落ちた。あらあらなんて言いながら婆ちゃんが拾ってくれたので、すみませんと受け取って流しに運び、改めて箸立てから綺麗な箸を取り直す。
「センセ、マジで?」
「大マジだ。先日のレポートがよく出来てたし、事件は昨日で既に鑑識は調査済みだから、新人助手がうろついても邪魔にならんしな」
「やったぁ! ありがとう!」
 いやっほぅ! 先生のフィールドワークを見学できるなんて初めてだ! 鑑識さんが居ないのはちょっと残念だけど、刑事さんと話ができるとかドキドキするー!
「約束は八時半だ。あと二十分で食い終えろ。現場は大阪だから車で向かう」
「はーい!」
 残り一切れだったトンカツを口に入れて咀嚼する私に、婆ちゃんが立ち上がって先生の前に出していた未開封の缶ビールを冷蔵庫に仕舞い、代わりに麦茶のコップを置いた。
「気をつけて行ってらっしゃいな」
「ああ、婆ちゃん、遅くなるかもしれないから先に寝ててくれ」
「はいはい」
 にこにこと頷く婆ちゃんにうんと頷いて、先生はまだ半分残っていたトンカツをガツガツと食べ始める。
「ねぇ、センセ、メモとかペンとか持ち込んでいい?」
「ああ、構わない」
「よっし、準備してきます! ごちそうさま!」
「ああ、待て。アリス、お前、手袋持ってるか?」
 夏なのに何故手袋が必要なんだろう? と首を傾げた私は舞い上がって指紋のことなどすっかり抜け落ちていたのだ。推理作家を目指してるくせにアホすぎる。
「いや、持ってへん」
「分かった。じゃ、それは俺が用意しとくから、着替えてこい」
「はーい」
 部屋着から外出着に着替えてメモとペンとスマホと財布を用意して、これで準備万端と私は一人で悦に入った。



--中略--



「簡単に概要を話すから、必要ならメモしてろ」
 そう言い置いてから、ハンドルを握り前を見たままの先生が口火を切る。
「実はまだ、自殺なのか他殺なのかはっきりはしていない。これが事件だとしたら、被害者は田浦早織。二十六歳。外資系の薬品会社に勤務。独身。関係あるかは分からないがアルファの女性だそうだ。番は居ない」
「アルファが自殺とか珍しいな」
 アルファは優秀なバースと言われるが、それだけに自尊心も強い。自殺するなんてプライドが許さないのではと思うのだが、先生は軽く肩をすくめた。
「まあオメガよりは数少ないが、アルファが自殺することだってないこともない。番のオメガが病気で死んで後を追う場合もあるからな。……まぁ多いのは自ら死ぬより、邪魔者の排除に走るほうだろうが」
 後半は独り言みたいなつぶやきだったが、私は聞き流して続きを促した。
「どんな死に方やったん?」
「湯を溜めた浴槽で溺死により死亡。検死で後頭部に打撲痕も見つかったらしいが、強力な睡眠薬が検出されているから浴槽の縁で打った可能性も無いとは言えない。発見者は友人男性。こいつはオメガだそうだ」
「……なるほど。薬で眠らせて殺したって考えたら他殺の可能性もあるんやね」
 そういう方法を使えば、非力な人間でも殺せる。が、苦しまぬように睡眠薬を飲んで死のうとして足を滑らせて頭を打った可能性もあるわけだ。



--中略--



■火村視点(第五章より抜粋)
<ほんの少しだけある暴力および流血シーンを掲載しておきます>

 暴走男は泣き喚く子供を押さえつけて尻にイチモツを入れようと躍起になっているが、まだ子供でオメガになったかどうかも怪しいような子相手に、そんなに簡単に結合できるはずがない。なのに、執拗に襲っているのは、この男が大人よりもたやすく組敷ける子供を狙っただけなのか、そういう性癖があるからなのかまでは分からないが。

--中略してますがちゃんと火村が助けました--

 人垣の輪の中へ入るべく警察が笛を鳴らし始めるのを聞きながら、俺は腕の中に確保した子供を抱えて繁殖フェロモンの匂いから遠ざけてから、ぺちぺちと頬を叩いた。
 引き裂かれた衣服はぼろぼろで白い肌を晒し、精液をぶっかけられたようで肌には嫌な匂いの残滓がこびりつき、殴られたのか目の周囲にはアザができ、涙と鼻血で顔は濡れていたが、目を閉じて気絶した顔はあどけなく可愛らしい男の子だった。これは笑ったら絶対かわいい。
「おい、しっかりしろ! くそ、こんな小さい子にまで酷いことを」
 そっと当てた手の下で胸の鼓動はちゃんと感じられてホッとする。鞄の底に入れっぱなしのハンカチを引っ張り出して涙と鼻血を拭いたら、ちょっとだけましになった。

<暴力・流血シーンはこの程度で、これ以降はそんなシーンは出ません。購入の判断指標になれば。>



--中略。ここからR18--



■火村視点(第七章より抜粋)

 エッチなの言えるじゃないか、と笑った顔をアリスに見せる隙も与えずに、切っ先の位置を合わせて。
「へっ!? んあぁぁぁっ!」
 腰を突き出すときつい内部がちゅぷんと肉棒を包み込む。熱さと狭さと、それから切なさに襲われて歯を食いしばった。アリスのほうは小刻みに震えてお尻だけを高く上げた状態でシーツに突っ伏し、はひはひと浅い呼吸を繰り返している。
「アリス、深呼吸してくれ……きつい」
「っ、はぁぁぁっ、ン」
 深く息を吐きだすアリスの背中がゆるりと弛緩した。同時にきつすぎるほどだった中もじわりと肉の輪の締りを和らげていく。
「そう、ゆっくり息して」
「んあっ、あっあっあっ、……ぅう、おっきぃっ」
 アリスの呼吸に合わせてゆっくりと腰を進めると、項が視線の先に近づいてくる。ここをいつ噛むのかは特に決まりはないが、セックス中に噛むほうがより一層、アルファとの絆が強くなるというからハメるまで我慢していたのだ。
「も、もぅ……入った?」
「半分過ぎたとこ」
「うそやん……! センセのでかすぎとちゃう?」
「アルファのペニスがオメガより大きいってのは通説だな」
 ほら脱力しろ、とぺちぺちとアリスの背中を軽く叩く。



--中略--



■アリス視点(第八章より抜粋)

「ぜんぶ中出しやないん?」
 ぺろん、れろん、と裏筋を舐め上げれば、ぴくぴくと肉棒が震えながら硬さを増す。センセのおちんぽ可愛いなぁ。
「っはあ……そのつもりだが、一度くらいはぶっかけたい」
「ん」
 ぱくんと口に含み、じゅぽじゅぽとすぼめた唇でしゃぶっていけば、どんどんと先走りが溢れて美味しいそれを零さぬように吸い上げる。ふあ、美味しい。甘い。頭がじんじん痺れて、身体が熱くなってくる。私の下半身は何もしてないのに勝手に分身がそそり立って、お尻からとろーっと分泌液が太ももを伝う。
「っは、ふ、んん、っ、じゅるっ」
「っはあ、さいこう、だっ」
 先生の方もまたゆるゆると腰を振るものだから、ぐぽぐぽと音を立てる顎が辛い。頑張って歯を立てないようにして、唇と舌で奉仕していたら、勢いよく腰が引かれた。
「っ、アリスっ」
「ぶわっ!?」
 ぶびゅっと顔と髪に白濁をぶっかけられ、思わずぎゅっと閉じた目を開ければ、独特の香りの粘液が顔と髪にべったりとかかったらしい。たらりと重力に伝い落ちて唇を濡らすそれを舌で舐め取れば、変な苦味とぷりぷりした感触で、精液ってこんな味なのかと舌先で転がす。ちょっとだけ甘い気がするのも、発情してるせいだろうか。自分のものは舐めても不味く感じるから、本能って謎だ。
「たまんないな……我慢できない。挿入するぜ?」
「わ!? はぁぁんっ」



この先は本編にてお楽しみ下さい。
通販中→こちら
designed
▲top